


愛媛県・久万高原町。
四国カルストや面河渓を有する、自然豊かな山の町です。
空気や水が美しく、昼夜の寒暖差にも恵まれたこの土地には、人の心を落ち着かせる魅力があります。
そんな久万高原町で、私たちが造るのは、従来の日本酒の枠に収まらない「クラフト酒」です。

ベースとなるのは、愛媛県開発の酒米「しずく媛」。
そのお米を久万高原町の農家さんに育ててもらい、
ラベルは地元出身の日本画家、ロゴは地元の書家の方にお願いしています。

まさに“オール久万高原”のお酒です。
精米歩合は90%。
一般的には、お米を削るほど雑味が減ると言われていますが、
私たちはお米をなるべく無駄にしたくないという想いから、あえて10%しか削らない方法を選びました。

その結果、ふくよかさとすっきり感が共存する、独特な味わいに仕上がっています。
この土地の自然、人、文化が重なって生まれる、“ここだけの味”。
お酒を通して、久万高原町そのものを感じてもらえたら嬉しいです。

現在、蔵ではすでにお酒の仕込みが始まっています。
今回のクラウドファンディングでは、この久万高原町の地酒復活の物語を、
一緒に歩んでくださる「最初の仲間」を募集したいと思っています。
ぜひ、“久万高原でしか生まれない一杯”を、飲んで応援していただけたら嬉しいです。





はじめまして。SAKE FRONTIER代表・上林恭一郎です
私は大阪で生まれ、商社での自動車貿易や子ども向け職業体験施設の運営を経て、
アメリカで日本酒のオンラインショップに携わり、日本酒を海外へ届ける仕事をしてきました。
もともと「いつか自分で事業をやりたい」という想いはずっとありました。
海外との貿易に関わる中で、日本には世界に誇れるものが本当にたくさんあると感じていました。
その中でも、私が心から惹かれたのが“日本酒”でした。

海外に駐在する中で、日本酒の繊細さや奥深さに感動する人に何度も出会いました。
しかし、海外で日本酒の人気や可能性を肌で感じる一方で、日本国内では酒蔵が減り続けています。
「このまま日本酒文化が失われてしまうのではないか」そんな危機感を抱くようになりました。

日本の素晴らしい酒を世界へ届けたい。その想いから、さまざまな可能性を模索していました。
しかし、実際に調べていく中で、ただ仕入れた商品を海外へ販売するだけでは差別化が難しく、継続的な価値を生み出していくことも簡単ではないことを痛感しました。
だからこそ、「届けるだけではなく、自ら価値を生み出す側になりたい」という想いが少しずつ強くなっていきました。
もちろん、その時点では具体的な形が見えていたわけではありません。
それでも、「人生の集大成として、本当にやりたいことに挑戦したい」という想いだけは消えませんでした。
そんな思いを抱えながら模索を続けていた中で、知人から「久万高原町に空き家があるよ」と声をかけてもらいました。
軽い気持ちで現地を訪れたその出会いが、私の人生を大きく変えることになります。



自然豊かな山の町、久万高原町。
初めてこの町を訪れた時、空気の美味しさや山の景色の美しさに圧倒されました。
でも、それ以上に心を動かされたのは、“人の温かさ”でした。
空き家バンクを通じて町を訪れたばかりの、よそ者の私に対して、
役場の方々が地域の人を紹介してくれたり、一緒に食事の場を作ってくれたり、
「こういう人がいるよ」「この人なら力になってくれるよ」と、次々に人をつないでくれたのです。
そんな中で出会ったのが、かつて地域で親しまれていた築150年の古民家「旧・桝井酒店」でした。
修繕後
木の格子窓が美しく残るその建物を初めて見た瞬間、「ここで酒蔵をやりたい」と直感的に思いました。
実は久万高原町には、かつて地酒がありました。
しかし、最後の酒蔵が廃業し、今では町から地酒がなくなってしまっています。
地元の方と話す中で、「もう一度、この町の酒が飲みたい」
「地酒がなくなったのは、本当に寂しかった」
「酒蔵が戻ってきたら、町がもっと元気になるのに」
そんな声を何度も聞きました。
最後の酒蔵がなくなる時、地域の人たちも何とか残そうと努力したそうです。
それでも、資金面や運営面の限界から、泣く泣く廃業せざるを得なかったと聞きました。
だからこそ、この町で酒蔵を復活させることには、単なるビジネス以上の意味があると感じたのです。
伊予銀行ビジネスプランコンテストで優秀賞をいただきました
そして私は決意しました。
だったら、自分で造ろう。
自分が本当に好きだと思える酒を、自分の手で生み出し、それを世界へ届けよう。
海外への輸出を考えたからこそ、ただ売るだけではなく、自ら価値の源泉を生み出したいと思うようになりました。
もちろん、簡単な話ではありません。
私は酒造業界の人間ではなく、酒造りもほぼゼロからのスタート。
免許取得、技術習得、設備準備など、乗り越える壁はたくさんありました。
それでも、「人生の集大成として、本当にやりたいことに挑戦したい」という想いだけは消えませんでした。
そして50歳を過ぎた今、久万高原町という場所で、その挑戦に本気で向き合っています。
写真右から2番目


正直に言うと、最初は毎日不安でした。
「本当にできるのか」「50歳を過ぎて、今さら挑戦していいのか」「経験もない自分に、酒蔵なんてできるのか」
構想段階では、本当に一人でした。
修繕前の酒蔵
酒造免許取得のための膨大な準備。古民家改修。設備導入。酒造りの技術習得。
どれも簡単なことではありませんでした。
酒造りを学ぶため、埼玉の酒蔵で理論から実技まで一から勉強させてもらいました。
酒造体験に参加したことはあっても、実際はほぼ初心者スタート。
職人技の世界に飛び込む感覚でした。
修繕前の酒蔵
古民家改修も、図面を見ても完成イメージが分からず、「こうすればよかった」が後からたくさん出てきます。
それでも、不思議なくらい“人の縁”に恵まれてきました。
蔵のオーナーの息子さんが、実は私の友人と遥か昔からつながっていたり。
「基盤を整えるためにお金が必要なんだ」と話していたら、偶然隣に銀行の支店長が座っていたり。
役場の方が、修行のための酒蔵を紹介してくれたり。
一つひとつ、人との出会いに背中を押されて、ここまで来ることができました。
そして今では、町の方々が漆喰塗りを手伝ってくれたり、木製ラベルを作ってくれたり、

お酒の看板を作ってくれたり、イベント開催を支えてくれたり…。
「自分一人の酒蔵」ではなく、「町のみんなで作る酒蔵」になりつつあります。
それが、何より嬉しいことです。



現在、蔵ではすでにタンク2本でお酒の発酵が始まっています。
かつて地域で親しまれながらも、長い間使われていなかった古民家。
その静かだった空間に、いま酵母が動き、お酒が育っていると思うと、本当に感慨深い気持ちになります。
何もなかった場所に、少しずつ“酒蔵としての命”が宿り始めている—。
そんな感覚があります。

5月30日には、地域の皆さんにもお披露目できるイベントを行いました。

ここまで来ることができたのは、町の方々、応援してくださる皆さん、そして数えきれないご縁のおかげです。

漆喰塗りを手伝ってくださった方。看板や木製ラベルを作ってくださった方。「またこの町の酒が飲みたい」と声をかけてくださった方。
たくさんの人たちの想いが重なって、ようやくここまで辿り着くことができました。
でも、私たちの挑戦はまだ始まったばかりです。
これからこの場所で、久万高原町ならではのお酒を育て、この町の未来につながる新しい文化をつくっていきたいと思っています。




私たちは、単にお酒を造って売るだけの蔵を目指しているわけではありません。
将来的には、この酒蔵を拠点に、
・地元食材を楽しめる飲食
・酒造り体験
・宿泊(民泊)
・海外旅行者との交流
を組み合わせた、“泊まれる酒蔵”へ発展させたいと考えています。

四国遍路で訪れた人や、日本文化を深く体験したい海外の方が、
この山の町に滞在し、発酵するお酒の香りに包まれながら地元の人と杯を交わす。
そんな未来を、本気で目指しています。
私は、もともと久万高原町とは縁もゆかりもありませんでした。
しかしこの土地で出会った人たちは本当に温かく、よそ者だった私を自然に受け入れてくれました。

空き家バンクを通じて町を訪れた際には、役場の方々が地域の人を紹介してくれたり、一緒に食事の場を作ってくれたり、多くのご縁をつないでくれたり…
そんな町に人生を懸けたいと思っています。

もし、この挑戦に少しでも心を動かしていただけたなら。
ぜひ、久万高原町の新しい歴史を一緒に作る「最初の仲間」になっていただけたら嬉しいです。
心から、応援をお願いいたします。

1. 販売場の名称及び所在地
愛媛県上浮穴郡久万高原町露峰甲2563番 久万高原醸造所
2. 酒類販売管理者の氏名
上林恭一郎
3. 酒類販売管理研修受講年月日
令和6年5月16日
4. 次回研修の受講期限
令和9年5月15日
5. 研修実施団体名
日本ボランタリーチェーン協会
最新の活動報告
もっと見るクラウドファンディングを開始しました!
2026/07/01 22:03昨日いよいよクラウドファンディングを開始しました!今日は20袋の搾りを一人でやり切って疲労困憊なので、温かいご支援が身に染みます。早速支援をしてくださった皆様、ありがとうございます!! もっと見る




夢だったお酒造りをついに(!)久万高原でスタートさせたんですね!古民家も雰囲気があってとっても素敵です。ぜひ近いうちに伺います🤗🤗応援してます💪🏻
応援しています!
応援しています!!