
こんばんは!連日お騒がせしています。
これまでの活動報告では、アドカラーに来てくださった方、はたらくチャレンジをしてくれた方、スタッフの声をお届けしてきました。
今日は、#わたしとアドカラー の番外編として、私松村自身の話を少しさせてください。

今年度よりアドカラーを運営していく(一社)Mi-Projectですが、
8年間大切に運営してきた「まつど暮らしの保健室」という活動を、今年の春に終わりにしました。
8年間続けてきた活動です。
迷いがなかったわけではありません。
でも、続ける中でずっと残っていた違和感がありました。
「本当に届けたい人に、届いていないのではないか」
保健室に来てくれていたのは、「相談する」という選択肢を持てている人たちでした。
一方で届けたかったのは、その一歩手前にいる人。
気づいたときには一人で抱え込んでしまっている人。
そもそも「相談する」という発想に至らない人。
その人たちとは、この構造のままでは接点が生まれていなかった。
転機になったのが、アドカラーでした。

ご飯を食べにくる。
誰かと時間を過ごす。
それだけでいい場所。
初めから相談をしに来る人はほとんどいません。
でもその場にいると、少しずつ人と人の距離が縮まっていく。
一緒に過ごしているうちに、ぽろっとこぼれる言葉がある。
「支援する/される」という関係はありませんでした。
ただ同じ時間を過ごしている仲間がいる。それだけでした。
順番が、逆だったんだと気づきました。
「支援があるから関係ができる」のではなく、「関係があるから、必要なときに支え合える」
だから私は、看板を下ろして、アドカラーの第2章を始めようとしています。
相談の入口ではなく、ふらっと立ち寄れる入口。
意識して来る場所ではなく、無意識の延長で関われる場所。
これまでの道のりを、もう少し詳しく読みたい方はこちらのnoteに書いています。
続きはこちら
☑︎「まつど暮らしの保健室」の看板を下ろすことにしました | Mi-Project
☑︎ 松村個人note
残り9日。
この場所を続けるためにも、引き続きよろしくお願いします。



