あと残り1日になりました。なんとかゴール達成できそうな気配がしてきたので、最後のお願いがわりにこの本の翻訳に対する想いを綴っておきます。著者のウォーレンバーガーにメールを出したときに「翻訳でなくオリジナルで書いたほうがいいよ」と言われたんですねわかってる、わかってるけど、わたしは大学の先生のようなネームバリューもなく、自分の実践を心ゆくまでできるポジションを得たこともなく、なんなら管理職になっちゃって…さらに日本人は真新しいクリエイティブなものは翻訳されて入ってくるほうが受け入れてもらいやすいので、翻訳だなと思ったわけです好奇心と問いはセットです。好奇心を刺激するもの(QFTでは「問いの焦点」と呼びます)があって、初めて心の中から自然と問いが出てきますその問いがたくさん出て初めて、頭の中で整理され磨かれて適切な問いがやっと生まれますその自然なプロセスを無視して「生徒が探究で適切な問いを出せない」と悩むのはわたしは教師として残念だなと思ってしまいます人が変わるのも誰かロールモデルがいるからで、好奇心と問いを持った人を見て「あんなふうになれたらいいな」と生徒も思うわけで、だから先生がまず、好奇心と問いに溢れる人でないといけないと思います偶然と縁でこの年齢で全く違う業界に行くことになりましたが、とても刺激的な毎日です。なにしろなーんにも知識がないので、専門用語だけでなく社内だけで通じる省略語から何もわからない笑問いしか生まれてこない聞くしかないしかもどうやっていつ誰に聞くかもアンテナ張ってないといけないしかし何十年もそこで働いてる人は何が特別で何がわからないわけ?でしかない日々、慣れ親しんだ環境(学校)にいれば何もかもが当たり前で当然、問いなんか生まれるはずがないです。だから意識的にいつもの通勤経路、校舎の周りの風景、行事の雰囲気…そういったものも問いを出す訓練の対象として日々、トレーニングする必要がありますということをわたしが言ってもノーインパクトだけど、翻訳だと入ってきやすいかなと思って、限りなく読みやすさを心がけて翻訳しましたクラファン終了までよろしくお願いします。何卒何卒〜





