
【自由になりたければ、不自由をデザインする】
髪育®︎クラファン3日目(残り63日)
いつも応援いただき、ありがとうございます。
髪育JAPAN®︎代表、趣味美容師®︎の宇留間祐介です。
クラウドファンディングは3日目を迎え、残り63日となりました。3日目の配信は日付をまたいだ深夜0時半から、話す内容を決めずにボタンを押しています。長い距離を走るなら、今はまだ走り始めたばかりです。だからこそ、あらためて「なぜ私はクラウドファンディングをしているのか」というところからお話ししました。
日本から髪の悩みをなくしたい。そのために必要なのは、髪の毛の真実をお伝えすることだと、私は活動の中で辿り着きました。その原点は、鎌倉で一人サロンを続けてきた19年の中で起きた、いちばん大きな変化にあります。お客さまのお悩みが、「似合う髪型がわからない」から「髪そのものを健康にしたい」へと変わっていったのです。
美容師の本分は髪型をデザインすることだと思ってきた私にとって、これは自分の役割を根本から問い直すきっかけになりました。髪の悩みをなくしたいと言えば、美容師の出番をなくすことにならないかと思われるかもしれません。私は、なくならないと思っています。ただ、本気でなくそうとするからこそ、悩みはなくなっていく。美容師の常識があるなら、私にとっての非常識とは何だろう。そう考え続けてきたことが、ようやく一つの形になったのが、9月17日に発売となった『60代、70代 髪は、まだまだよみがえる 1日3分の髪育シャンプー習慣』です。
一人サロンには、髪型の奥にある深いお悩みのご相談が届きます。そして、それにお応えしやすい環境があります。だから一人サロン美容師が自分たちの役割を広げていくことが、日本から髪の悩みをなくすことにつながると、私は考えています。誰かがすでにそれをしていたら、私は共感して、その方と一緒に歩いていたかもしれません。けれど私の周りにはいなかった。だから私がやっている。ただそれだけのことです。
とはいえ、この主張を世の中に出せるようになるまでには、一つの前提が必要でした。美容師が57万人いるなら、57万通りの正解があっていい。正解が一つしかない世界では、自分の主張は正解か不正解かで裁かれてしまいます。けれど白と黒のあいだには、濃いグレーも、白に近いグレーもある。二つのうちどちらかを選ぶ教育を受けてきた私が、そのグラデーションを受け入れたとき、ようやく「私の答えは髪育です」と言えるようになりました。
振り返ると、「こうあるべき」から外れていく感覚の芽は、美容学生時代にすでにありました。綾小路竹千代さんに惹かれたのは、美容師でありながら、心や感情という目に見えないものを語っていたからです。髪型が目に見えるものなら、その対極にあるのは目に見えないもの。美容師の行き先は前だけではなく、360度どこへ向かってもいい。それなのに「美容師はこうでなければならない」と考えるのは、矛盾していると感じていました。
その感覚をはっきりさせたのが、師匠からの「宇留間さんは、どんな生き方をしたいんですか」という問いです。私は答えられませんでした。けれどそこから、同じ問いを自分の中に置くようになりました。答えは、いつも問いの奥側にあります。問いを置かなければ、答えを探すことも始まりません。
問いを置いてみると、見えてきたことがあります。一人サロン美容師は、場所と仕事が強く結びついています。店舗展開しているサロンの美容師なら、来月から別の県の店舗へ、ということもあるでしょう。けれど私は、鎌倉の小さなテナントに毎日通い、そこにいることが仕事でした。だからこそ、場所に縛られない働き方に憧れていたのだと気づきました。独立して数年たった頃に出会った真っ黒なMacBook。鎌倉のカフェでノートパソコンを開く人が、たまらなく格好よく見えました。ハサミとコームとシャンプー台と鏡があれば生きていけると思っていた私が、資料やカルテを作るためにパソコンに触れるようになったのは、ずいぶん遅いスタートです。けれどそこから、「美容師はこうあるべき」というコップの外で美容師をする生き方もあるのだと、枠が広がり始めました。
今やっていることが何につながるのか、わからないまま続けていることはたくさんあります。アシスタント時代、私はよく輪ゴムの話をしていました。床に落ちている輪ゴム一つに気づけない人が、お客さまの気持ちの変化に気づけるだろうか。雑誌を読み終えたお客さまが、それを胸の前で持ち直す。その仕草に気づけば、次の雑誌をお持ちするタイミングがわかります。一見つながっていないようなことも、「これにはどんな意味があるのか」と自分に問いかければ、つながっていく。そうした点を打ち続けるうちに、私は「美容師はこうあるべき」から距離を置けるようになりました。その延長線上で、髪の本当の健康は、表面をコーティングすることではないと気づいたのです。その気づきをまとめたものが、髪育です。
そして、あの問いへの私の答えが、趣味美容師という生き方でした。趣味の読書が読書で対価を受け取らないように、趣味美容師はカットで対価を受け取りません。101歳まで理容師を続けた祖父のように、私も100歳までハサミを持つと決めています。ハサミが好きで、その造形まで好きな私が、カット代を無料にする。そう決めた瞬間、「では、美容師の価値をどこに置くのか」という新しい問いが生まれました。
自由の「由」は、よしとすると読めます。自分で決めたことを、自分でよしとする。それが私にとっての自由です。自由になりたければ、その反対側にある不自由をどうデザインするかが鍵になります。これはカットとよく似ています。カットは足していく行為ではなく、いらない部分を切り落としていく行為です。切り落とした結果、残ったものが髪型になります。カットでお代をいただかないという制限は、私が自分でかけた不自由でした。その不自由があったから、美容師の役割はヘアデザインから髪育へと移っていったのです。
こうした体験を経て、今の私がしたいのは、この本を多くの方にお届けすることです。いずれは、全国に約4万人いる美容学生さんにも届けたいと考えています。けれどそれは、一人では実現できません。共感してくださる方を増やしていくしかなく、そのためにはまず知っていただくしかありません。スティーブ・ジョブズは、どれほど優れた製品でも、知られなければ存在しないのと同じだという趣旨のことを語っていました。この本も、髪育も、趣味美容師という生き方も同じです。知っていただいて初めて、選ぶかどうかの選択肢が生まれます。
本の中に書いたのは、私から見た髪の毛の真実です。あなたにとってそれが真実かどうかは、読んでいただいたときに、何かを感じていただけると思います。
CAMPFIREで「髪育」と検索していただくと、プロジェクトページが出てまいります。残り63日、可能な限り、お伝えを続けてまいります。



