
人生を変えた?『削ろう会』
いや、今までのことを考え直すと必然的に出会ったと言ってもいいだろう。
2001年、親方の阿保が出演したNHK人間ドキュメント『腕に覚えあり』
この番組をきっかけに自分の人生は着々と積み上げられてきた。
選択科目というゆとりの走りで選んだ技術家庭の木工授業。そこで作ったちゃぶ台が最初の作品。その後卒業制作で授業中にパーゴラとベンチ。最近まで母校に建っていたのが本当に不思議…。
その頃、社寺建築の宮大工というキーワードが世に知られ、小川三夫さん率いる鵤工舎の門を叩いたのも密かないい思い出だ(笑)
大工として栃木の地元の工務店で修行を始め、
近所の道具屋さん(今もずーっと世話になっている中屋仁太郎商店)、が削ろう会へ参加しているとの情報。トントン拍子に最初が三木大会、小樽大会と年2回必ず参加して、岩国大会で、最年少削リスト(当時)で非公式であるが5ミクロンという結果を出せたのも、親方阿保はじめ、全国名だたる名棟梁に鉋のノウハウを聞けたからだろう。
なぜ今こんなことを書くかって?
その頃、削ろう会の会長だった浅草屋工務店の杉村棟梁が亡くなったと聞いたからだ…。
全国の名棟梁たちが次々と他界していく。
時代が刻々と流れていく中で、確実に技術向上と継承をしてきた削ろう会。
名古屋大会を前に他界されたのは本当に残念。
この場を借りて、ご冥福をお祈りいたします。
そんなこともあった今日、栃木市倭町の見世蔵改修の現場の施主である佐山正樹氏からお茶休みにこんなことを言われた。
君はそろそろ会社を建てなさい。1人は限界があるだろと…
え?まだまだ付き合いも浅い、ましては栃木の歴史、書物、古い物が大好きな佐山さんが、いきなりなんでそんなことを言ったのか?
気になりますよね?でもこの話はまたの機会に。



