
ご挨拶
皆様、はじめまして。令和8年度 赤日子神社厄年会 代表の岩瀬隆児(いわせ りゅうじ)と申します。
私は生まれも育ちもこの蒲郡市で、現在は小学2年生と5年生になる2人の娘の父親でもあります。かつて自分自身が小学生のころ参加していた赤日子神社のお祭りに、今では自分の子供たちが目を輝かせて参加している姿を見るのが、親として何よりの喜びです。お祭りの日、境内にあふれる子どもたちの弾けるような笑顔と歓声――それこそが、この町の一番の宝物だと感じています。
厄年会をやろうと思ったきっかけとその思い
今年40歳を迎えるにあたり、自分たちが厄年会の番になることはわかっていました。
そして、先輩方からも
「次はお前たちの番だぞ。でも、やりたくなかったら無理にやらなくてもいい。歴史が途絶えてしまうけど仕方ないことだ」
とかけられたこの言葉が、ずっと頭から離れませんでした。
少子化が進み、厄年会の人数が激減している中で、お祭りを維持することの厳しさは重々承知していました。しかし、「自分たちの代で歴史あるお祭りを潰すわけにはいかない」「楽しみにしている子どもたちをがっかりさせたくない」という強い想いが勝り、厄年会を引き継ぐ決意をいたしました。
夏の始まりから、先輩方が残してくださった資料を頼りに、餅やお菓子の発注に向けて準備を進めてきました。しかし、昨今の物価高の波は想像以上に厳しく、自分たちだけで出せる資金には限界があります。このままでは、子どもたちが楽しみにしている餅投げも、縮小せざるを得ない寂しいものになってしまう……と頭を抱えていました。
そんな時、同じ西部小学校で育ち、現在は東京からこのお祭りのために厄年会にも参加してくれた幼馴染の吉倉孝則くんが、「クラウドファンディングで全国に想いを届けてみよう」と提案してくれました。こうして、私たちの新しいチャレンジが始まりました。
支援者の皆様へ
私たちが守りたいのは、決して派手で大きなイベントではありません。今後、お祭りを無理に大きくしたいわけでも、豪華絢爛にしたいわけでもありません。ただただ、この小さくても温かいお祭りを「継続すること」、そして「歴史を守ること」です。
152年の歴史を持つ母校・西部小学校の閉校が決まり、地域から一つの灯火が消えようとしています。だからこそ、「学校がなくなったからお祭りもやめてしまおう」という流れだけは、絶対に作ってはならないと思っています。
今を生きる子どもたちにとって、このお祭りが大人になっても胸に残る温かい思い出となり、成長してどこへ行っても、地元・神ノ郷と赤日子神社が「心の拠り所」として残り続けてほしい。それが、父親として、そしてこの町で育った一人としての切なる願望です。
そして私たちのこの挑戦が、人数が少なく不安を感じている来年以降の若い世代の厄年会にとって、少しでも安心できる「持続可能な土台」となればこれ以上の幸せはありません。
どうか、私たちの小さな、しかし切実な想いに、皆様の温かいご支援をよろしくお願い申し上げます。
令和8年度 赤日子神社厄年会 代表 岩瀬 隆児



