認知症も介護も隠さない。舞台で子どもに伝え、助け合える未来をつくる

今年の11月3日(火・祝)に小田原三の丸ホールにて舞台公演「あ・い・で・すアンソニー」を公演します。 ※テーマは認知症に因む介護の舞台を実現したくて今回初めてクラウドファンディングをやります!!

もうすぐ
終了

現在の支援総額

149,000円

2%

目標金額は5,000,000円

支援者数

19人

募集終了まで残り

6日

認知症も介護も隠さない。舞台で子どもに伝え、助け合える未来をつくる

もうすぐ
終了

現在の支援総額

149,000円

2%達成

あと 6日

目標金額5,000,000円

支援者数19人

今年の11月3日(火・祝)に小田原三の丸ホールにて舞台公演「あ・い・で・すアンソニー」を公演します。 ※テーマは認知症に因む介護の舞台を実現したくて今回初めてクラウドファンディングをやります!!

ブッチー武者です。前回の「時系列が消える」という話の続きです。認知症の方の「徘徊」も、実は時系列と深く関係しています。特に女性の場合、お嫁に行く前の実家と、結婚してから住んでいる家がありますよね。認知症の症状が出ると、今住んでいる家を見て「ここは私の家じゃない」と感じることがある。頭の中には、昔の実家のイメージが鮮明にあるからです。「なぜ私はここにいるのだろう」。そして自分の家を探しに、外へ出てしまう。つまり、ただウロウロしているわけではないのです。自分がいたはずの場所に帰ろうとしている。ところが足腰はまだ元気ですから、何十キロも歩いてしまうことがある。警察庁の発表によると、認知症またはその疑いで警察に届け出があった行方不明者は、2025年の一年間で1万7345人にのぼりました。前の年からは減ったものの、高い水準が続いています。保護されても、ご本人が住所をうまく言えず、家に帰れないケースもあります。探す家族、警察、受け入れる施設。認知症のご本人の大変さと同時に、それを支える周りの人たちの大変さがあります。これは一つの家庭の問題ではなく、社会全体の問題だと私は思っています。『あ・い・で・すアンソニー』では、こうした「きれいごとでは済まない場面」も、隠さずに子どもたちに見せるつもりです。知ることが、助け合う心の第一歩だからです。▶ ご支援・シェアはこちら:https://camp-fire.jp/projects/979623/view


ブッチー武者です。今日は、私がこの12年で一番伝えたいと思ってきた、認知症の「不思議さ」についてです。認知症になると記憶が失われていく、というのは皆さんご存じだと思います。けれど私が一番厳しいと感じているのは、記憶がなくなることそのものよりも、「時系列」がなくなることです。私たちは普通、子どもの頃の自分、大きくなった頃の自分、そして今の自分が、一本の線でつながっています。だから、久しぶりに会った息子に「随分白髪が増えたね」と言えるわけです。ところが認知症になると、その線がつながらなくなる。頭の中にある息子は子どもの頃の姿のまま。目の前にいる、年を取ってシワの出てきた男性を見て、「これは私の息子じゃない」となってしまうのです。先輩のお母様がまさにそうでした。もし先輩が小さい頃の姿で現れたら、きっと「あら、おかえり」と言ったのでしょう。でも人は、時を巻き戻すことはできません。20歳の頃の記憶だけを切り取って、そこだけで話すこともあります。だから周りの人と話が合わなくなる。まるでタイムスリップをしているように、いろいろな時代を行き来しているのです。介護をする側にとって、これは本当に辛いことです。毎日面倒を見ているのに、「あなたは誰?」と言われる。「よくやってくれるね」という言葉が欲しいわけではないけれど、自分のやっていることの価値が、だんだん分からなくなっていく。この辛さを、私は舞台で伝えたいのです。▶ ご支援・シェアはこちら:https://camp-fire.jp/projects/979623/view


ブッチー武者です。今日は、私が12年間続けてきた舞台『生きる』のお話です。『生きる』は、2014年9月に東京・六本木の俳優座劇場で初演した、劇団ZANGEの旗揚げ公演です。京都伏見の事件をもとに、認知症のお母さんを介護する息子を描いた作品で、以来、東京、埼玉、千葉、神奈川、長野、沖縄など全国各地で25回にわたって上演してきました。コロナ禍で芝居ができなかった時期は本当に悔しかったのですが、収まってすぐにまた再開しました。始めた頃、「来てよ来てよ」と声をかけて劇場に来てくれた皆さんは、当然、神様のお笑いだと思っていたようです。ところが幕が開くとあまりにもシリアスで、「えっ、こういうのをやるの?」と戸惑ったお客さんが結構いました。マルバツの神様が、お母さんを手にかける息子を演じているわけですから、無理もありません。私が新宿・歌舞伎町で約30年営んでいるお店「女無BAR」の壁には、『生きる』のポスターがあちこちに貼ってあります。このお店は、私にとって芝居を伝えるためのアンテナショップです。来てくださった方には、いつもこの作品の話をしています。そして今、『生きる』で積み重ねてきたものが、新作『あ・い・で・すアンソニー』に生かされようとしています。同じ認知症と介護の問題を、今度は子どもたちに向けて。その話を、次回から少しずつ。▶ ご支援・シェアはこちら:https://camp-fire.jp/projects/979623/view


ブッチー武者です。京都伏見の事件の続きです。2006年7月21日、京都地裁で判決が言い渡されました。承諾殺人の罪に問われた息子さんに対し、検察は懲役3年を求刑。裁判官が言い渡したのは、懲役2年6か月、執行猶予3年でした。それまでの私の常識では、親を手にかければ実刑になるものだと思っていました。ところがこの裁判では、息子さんが献身的に介護を続けながら追い詰められていった経緯を、検察側も、弁護側も、そして裁判官も涙しながら聞いたと報じられています。裁判官は判決の後、こう語りかけました。「お母さんのためにも、幸せに生きてください」。調べながら、私は本当に驚きました。悲劇であることに変わりはありません。人が一人亡くなっている。それは決して「すごい」などと言ってはいけないことです。けれど、その悲劇をきちんと受け止め、人として言葉をかけた裁判があった。この判決を、私は世の中に知らせなければいけないと思いました。「風化させてはいけない」。そう思って、私はこの事件を芝居にすることを決めました。それが舞台『生きる』です。私は座長として、お母さんに「ごめんね」と謝りながら手をかける息子の役を、自分で演じてきました。あの裁判のことを、一人でも多くの方に知ってほしい。今もその気持ちは変わりません。▶ ご支援・シェアはこちら:https://camp-fire.jp/projects/979623/view


ブッチー武者です。今日は、私の舞台の原点になった事件についてお話しします。2006年2月1日、京都市伏見区の桂川の河川敷で、認知症のお母さん(当時86歳)を介護していた息子さん(当時54歳)が、お母さんと一緒に命を絶とうとし、自分だけが生き残ってしまった。「京都伏見介護殺人事件」と呼ばれる出来事です。後輩から聞いた私は、この事件を自分で調べました。そこで分かったのは、介護の大変さには二つの顔があるということです。一つは介護疲れ。もう一つは、お金と生活の問題。この二つが重なった時、人は異常なストレスの中に置かれます。息子さんは、お母さんの徘徊に付き添うために会社を辞めざるを得なくなり、貯えも尽き、福祉の窓口に生活保護の相談に行っても受けられませんでした。介護に疲れ、生活に行き詰まり、「もうこれ以上生きていかれない」と、二人で河原へ向かった。裁判で語られたその経緯を知った時、これは特別な人に起きた特別な事件ではないと感じました。私自身は、幸か不幸か両親を早くに亡くしていて、介護をする立場になったことがありません。だからこそ、先輩の家で見た光景と、この事件の記録が、私の中で一本につながったのだと思います。次回は、この事件の裁判で何が起きたかをお話しします。▶ ご支援・シェアはこちら:https://camp-fire.jp/projects/979623/view


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