【進化版】子ども達の個の技術を育む! 芯を捉えるリフティングボール「ヒノマール」

W杯優勝実現への第一歩。室内での「足を使ったリフティング練習」がついに解禁!「ポリウレタン素材」への刷新で耐久性は約5倍に進化。独自の「視覚的な芯」と超軽量設計が、繊細なボールタッチと「個」の技術を育てます。皆様の声から生まれた進化モデル「ヒノマール」を、未来の日本代表へ。

目標突破
ネクストゴール挑戦中!

現在の支援総額

5,622,550円

562%

ネクストゴールは6,000,000円

支援者数

340人

24時間以内に3人からの支援がありました

募集終了まで残り

44日

【進化版】子ども達の個の技術を育む! 芯を捉えるリフティングボール「ヒノマール」

目標突破
ネクストゴール挑戦中!

現在の支援総額

5,622,550円

初期目標100%突破

あと 44日
562%

ネクストゴールは6,000,000円

支援者数340人

W杯優勝実現への第一歩。室内での「足を使ったリフティング練習」がついに解禁!「ポリウレタン素材」への刷新で耐久性は約5倍に進化。独自の「視覚的な芯」と超軽量設計が、繊細なボールタッチと「個」の技術を育てます。皆様の声から生まれた進化モデル「ヒノマール」を、未来の日本代表へ。

本日、愛知県名古屋市で開催されている森松株式会社 様の展示会「元気がでる森松展」に行ってきました。今回の目的は、ヒノマールの製造を手掛けてくださっている有限会社 髙木商店の髙木社長(栃木県)にお会いするためです。実はちょうど1年前の今頃、同じ展示会場で髙木社長から「葛山さん、TPU素材でヒノマールをつくりませんか?」とご提案をいただいたのが、新型モデルのすべての始まりでした。今日、髙木社長から当時のことを伺う中で、「昨年のあの提案は、さまざまな条件がすべて揃った『ここぞ』というタイミングでお伝えしたんです」と教えていただきました。 1年越しに明かされたその想いに触れ、このプロジェクトの裏にある物語の深さをあらためて噛みしめています。さらに本日は、その最高の条件を揃える立役者となってくださった森松株式会社の大石さんともお会いすることができ、試作ボール製造に向けて尽力していただいた感謝の気持ちを直接お伝えすることができました。髙木社長と大石さんに現在のクラウドファンディングの進捗をご報告し、あらためて「みんなで良いものを届ける」という気持ちをひとつにすることができた、とてもすがすがしく充実した一日となりました。髙木社長(中央)、大石さん(左)今月末には、栃木県の髙木商店様へ直接お伺いする予定です。 またその様子もご報告いたしますので、ぜひ楽しみにお待ちください!


先日、静岡県伊東市で開催された、認定NPO法人レアーレワールドが主催するU-10サッカー大会「REALE CUP」に協賛させていただきました。前夜に行われた懇親会でのことです。    主催者や関係者の皆様とお会いする中、ひとりの参加チームの監督と、かけがえのないご縁をいただきました。関東から参加された「下丸子シューターズSC」の監督、鎌田次郎さんです。初対面だったにもかかわらず、鎌田さんは「ヒノマールのことをSNSで知っていて、すごく興味を持っていたんです。まさか、ここでお会いできるなんて!」と言ってくださいました。その言葉を聞いた瞬間、私は胸が熱くなり、思わず涙が溢れそうになりました。■ 震災の被災地に希望を灯した「伝説のヒーロー」との出会いしかし、奇跡はそれだけでは終わりませんでした。鎌田さんは元Jリーガーであり、あのベガルタ仙台で“伝説のゴール”を決めたお方だったのです。2011年3月11日。翌日にホーム仙台での名古屋グランパス戦を控えていたその日、激しい揺れが東北を襲いました。そして、Jリーグが再開された4月23日。等々力陸上競技場で行われた川崎フロンターレ戦。1-1の同点で迎えた後半42分、梁勇基選手が放ったフリーキックに、頭で叩き込んだ劇的な逆転勝ち越しゴール——。それこそが、鎌田次郎さんのJ1通算初ゴールであり、打ちひしがれた被災地に大きな希望と勇気を灯した、あの伝説のゴールだったのです。それを知ったとき、私の目からは再び涙が溢れて止まりませんでした。なぜなら、「ヒノマール」というボールは、まさにあの3.11から始まったストーリーだからです。■ 絶望の気仙沼、そして富士山へ立てた不屈の「誓い」時計の針を少し巻き戻します。2001年頃、私は「ボールの芯が見えるようなトレーニングボールを作れないか」と考え始めました。しかし当時は、「自分なんかが作らなくても、62億人の世界人口、きっと誰かが同じことを思いついて開発するだろう」と諦めてしまったのです。けれど、頭の中からそのボールの存在が消えることはありませんでした。そして、2011年3月11日。突然、大地が激しく揺れました。私の妻は宮城県仙台市の出身です。実は、翌3月12日に仙台のご家族へ私たちの結婚報告をするため、中部国際空港からの航空券を取っていた矢先のことでした。石巻の水産試験場に勤めていたお義父さんからは、「津波から逃げる」という一通のメールを最後に、連絡が途絶えてしまいました。(※その後、津波の惨禍から3日目にお義父さんの無事が確認できました。)震災から10日後、私は妻と共に宮城県気仙沼市へボランティアに入りました。激しい余震が何度も襲い、目の前に広がる光景はまるで戦場でした。震災直後、一般車両が入れなかった東北自動車道を通るための許可証参加できたのはわずか1週間。自分の無力さに心身はすり減り、「何もできなかった」という強い絶望感に苛まれながらの帰路でした。その途中、サービスエリアで立ち止まったとき、目の前に富士山が見えました。澄み切った空気の中で雄大に聳え立つ富士山が、まるで私にこう語りかけているように感じたのです。「おまえは、これから何をするのか?」私は、富士山に向かって誓いました。「一度諦めた、あの『芯が見えるボール』の開発に挑戦する。そして、未来を担う子どもたちに絶対に届ける」と。絶望の淵から立ち上がる勇気をくれたのが、あの日の富士山でした。被災地からの帰路、富士川SAにて(2011年4月)■ 数時間前の「等々力」——点と点がひとつにつながった奇跡の1日実は、伊東市で鎌田さんとお会いするほんの数時間前、私は川崎の等々力スタジアムにいました。ホームチームのジュニアコーチがヒノマールに興味を持ってくださり、ご連絡をいただいたことでお伺いしていたのです。そう、あの鎌田さんが15年前に伝説のゴールを決めた、まさに「等々力」の地です。名古屋から立ち上がり、仙台への想いを胸に、等々力を訪れ、そして伊東で鎌田さんと巡り会う——。あの日、被災地に希望の光を灯した伝説のゴールを決めた鎌田次郎さん。あの日、絶望の中で立ち上がり、子どもたちの未来のためにボール開発を誓った私。サッカーの神様は、本当にいるのかもしれません。「名古屋・仙台・川崎」の縁が見事な一本の線でつながり、祝福されたかのような格別な一日となりました。あの日から刻まれた情熱がつないでくれたこの運命的な出会いに、心からの感謝を込めて。そして、ブランメル仙台の時代から年間パスポートを買い続けて応援している、熱烈なベガルタ仙台サポーターのお義父さんに、少しでも恩返しになれば嬉しいです。ヒノマールは、これからも子どもたちの未来と共に走り続けます。


皆さま、ありがとうございます! この度、ネクストゴールに掲げていた「500万円」を達成することができました。 さらに、温かいご支援をいただいた方の総数が「300人」に到達いたしました!感謝・感激です。これまでの温かいご支援と力強い応援に、心より深く感謝いたします。皆さまからいただいた大切なご支援は、今後の海外知財費用としても大切に活用させていただきます。一歩づつ世界へ向けて挑戦の幅を広げてまいります。 引き続き、温かい応援と見守りをよろしくお願いいたします!


ありがとうございます!!皆さまの温かいご支援のお陰でネクストゴールを達成することができました。貴重なご支援はプロジェクトページに記載の通り大切に使わせていただきます。引き続きチャレンジして参ります。何卒よろしくお願いいたします。


本日オンラインにて、有限会社髙木商店の髙木社長と新型モデルの製造開始に向けて打合せを行いました。髙木社長とのお付き合いも早いもので12年。今日が今までで一番嬉しい打合せとなりました。少しでも早く皆さまにお届けできるよう作業を進めてまいります。今後の展開については、改めてご報告いたします。


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