プロジェクト本文

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鹿児島県の奄美群島、喜界島に住む祖父母は現在97歳と103歳。
今年の10月で2人あわせて200歳になろうとしています。
大人になり、住む場所も遠く離れてしまった孫の姉妹が・・・・祖父母を思い、展示会を計画しています。


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[アンマー(祖母)・得本トヨ子]

--------------はじめに--------------

はじめまして!喜界島で生まれ育った姉妹です。

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喜界島の1周は車でゆっくり45分。サトウキビとゴマ畑の広がる隆起サンゴ礁の海に囲まれた島で私たち姉妹は生まれ、育ちました。
遠く離れた故郷を思い、今回どうしてもやり遂げたいことがあります。

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▼わたしたちが一歩踏み出した理由

私、Naoko(妹)は高校3年生の時に父からカメラを譲り受けたのをきっかけに写真を撮り始めました。
東京の大学に進学し、写真部の副部長を務めながらデザインフェスタギャラリーや学内・学外展示会で作品を発表するにつれ、写真に没頭するようになりました。
写真家・渡部さとる氏の2Bワークショップ32期生として作品を発表した卒業展Prologueでは、人気投票第一位を獲得。SHUTTER magazineを編集している山田敦士氏・水谷充氏の手がける「photo lounge」の第一回目で喜界島の作品をプレゼンさせて頂きました。
しかし、なぜわたしがこうも喜界島にこだわるのかその詳しい理由は心の奥に沈んだまま、ここ最近までわかりませんでした。
今年の春、4年ぶりに帰省し、祖父母、二人の姿をファインダーの中で見ていると、「わたしが写真を通じて伝えたいことはこれだ、命のつながりなんだ」と、無意識のうちに納得。写真について姉・華子と話しをするにつれ、「私たちは祖父母孝行ができているのか」「家族だけに留まらず、広い目線で何か出来ることが在るのではないだろうか」という考えに行きつきました。

私、姉のHanakoが「生き神様」という言葉を知ったのは祖父が100歳になる前のことでした。100を過ぎると人は生き神様と呼ばれるんだよ、と父から聞き先祖を大切にする島の文化について考えました。
私達が小さな時は、おじいちゃんとおばあちゃんも元気で、いつも私達の世話をしてくれました。 20年が過ぎて、祖父母が年齢を重ねた時、ちょうど私達は忙しい時期に来ています。
昔あんなに私たちのことを思ってくれた大切な二人のことを考える時間が減ってしまい、忙しさの合間に立ち止まった時、後悔が押し寄せてきます。 ちょっと休みをとって、大切な家族に会いに行こう。私達のように、都会で働く20〜30代の皆さんに伝えたいと思います。

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[石垣通り]
島にはまだ沢山の石垣で作られた塀があります。紺碧の水平線は見慣れているいつもの風景です。

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[白寿ダルマ]
目を入れてからもう3年。家の一番目立つところにこのダルマは鎮座しています。

▼祖父103歳、祖母96歳、現在合わせて199歳

奄美群島の喜界島に住んでいる祖父母は20代の時に結婚、連れ添って約80年になります。戦時中の食糧難やアメリカの統治下の中、息子4人、娘4人の8人の子どもを育て上げました。
わたしの父は7番目で4男。東京、福岡、鹿屋と、全国に散らばった叔父・叔母たちが、入れ代わり立ち代わり島に帰り、祖父母の介護に関わっています。
そんな家族の風景をわたしは高校生の時から見ていましたが、それは決して嬉しいことばかりではなく老いることへの不安や、時には漠然としたさみしさを感じずにはいられませんでした。
先に逝ってしまう方達や、島の変わっていく情景、誰かの世話を必要とすることに、祖父母たちは周囲の人以上に不安や葛藤を抱えていると思います。
生きていると辛いことはもちろんあって、それは歳をとっていっても同じなんだ。生の力を強く持つふたりからそう教わりました。

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■寡黙な明治生まれのウジー(祖父)、得本維宗夫。
95歳になった時だったでしょうか、少しずつ耳が遠くなり歳を取ったなと感じました。(今の方が歳ですけど・・)
そんなある日、毎日よく食べていたご飯にほとんど手を付けなくなり、親戚一同心配していたんです。歳かなあと。(今より8年も前ですけど・・)1週間ほどたった後、よくよく父が問いただしてみたところ、入れ歯を無くしたから食べるに食べられない、ということがわかりました。
年老いても、人の手を借りたくないというプライドを持つ祖父の一面でした。

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■家族を何よりも大切するアンマー(祖母)、得本トヨ子
戦時中、すでに3児の母となった祖母は、空腹の子ども達にサツマイモを食べさせる為に、空襲下の避難中に畑に行きそこで機銃掃射にあい、かろうじて一命をとりとめたという体験があります。また、戦後は養豚を営み、丘の上にある自衛隊官舎から出る残飯をリヤカーの荷台に載せて毎日運んでいました。急斜面の下り坂は、かなりの負荷が足にかかったのでしょう、ヒザは大きく変形し、今では、散歩も車椅子に乗って出かける状態です。
春のまだ寒い朝、部屋を訪ねると祖母は顔をくしゃくしゃにして、静かに泣いていました。「さびしくってねえ」そう呟いた声を今でも忘れられません。

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[子犬]
愛犬ルパン2歳の時に産んだ子犬の赤ちゃん。しかし、カラスにでもやられてしまったのか次の日にはいなくなっていました。

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[愛犬ルパン]
お腹を壊し、獣医さんに観てもらいましたがルパンは天国に行ってしまいました。8歳でした。愛犬の最期を看取れて、本当によかった。待っててくれてありがとう、ルパン。

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[愛犬ゾロ]
ルパンの息子、ゾロ。ルパンが天国に行ってから、さびしがって毎日夜泣きをしていたゾロ。そんなゾロも、少しずつ前向きに生きはじめています。

▼プロジェクトの流れ

ふれあいみくじ

・2014年10月1週目
 喜界島で200歳記念式典開催と撮影

・2014年12月~2015年3月の間に写真展を開催(日付未定・東京都内のギャラリーを予定)
 得本真子(Naoko)が2000年から今現在まで撮り続けた喜界島の写真を展示

・写真展開催中の催し物
 ふれあいみくじ・・・・ビジターが引く家族とのふれあいを向上させるヒントを書いたおみくじの設置
 座談会・・・・テーマ[おじいちゃんおばあちゃん世代の方とのコミュニケーションを向上させよう]

・写真集を販売



▼わたしたちが写真展を通して伝えたいこと

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これから、歳をとっておじいちゃんおばあちゃんになった時、あなたはどういう風に周囲の人に接してもらいたいですか?
もうあなたは歳だから・・とほっといてほしいですか?ずっと寝かせておいてほしいですか?誰と一番に最後の時を過ごしたいですか。
おじいちゃんおばあちゃんになったの生き方は、その周囲の人たちによってかなり変わるのでは、とわたしたちは思っています。
歳をとっていくと自分から何かを率先してすることが少しずつ減っていきます。
ちょっとベッドの位置を変えてみる、食べたことのないものを一緒に食べてみる、髪の毛をきれいにしてあげる、毎日いつもより5分多く話しかけてみる、などといった些細なことが、彼らにとっては生きる元気につながるのではないのでしょうか。

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Naokoがシンガポールに渡星してから4年が経ち、初めての里帰りをした2014年の春。
ベッドで寝ていることがほとんどとなった祖母は私の顔を見て「なおこ」と呼びました。続けて「シンガポールじゃなかったのね」と。
今までは「アンマサー(疲れた)」とだけ言ってほとんどしゃべらなくなっていたはずの祖母は、その日からポツポツと言葉を発するようになり、社会への関心も出てきて、テレビをまた見るようにもなりました。
手を握ったり、写真を見せたり、お散歩に連れ出したり。コミュニケーションをとることを続けていくと、「ハゲェ、アンマサー(ああ、疲れた)」と言って今まで食べさせてもらうのを待っていた食事も、スプーンを使って自分で食べるようにまで変わりました!
親戚一同、コミュニケーションはこんなにすごいのか。と驚きを話してくれました。
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[得本 理一/智]
島で黒糖工場を営んでいる三男と、東京に住んでおりよく島に帰ってきてくれる次男。
祖父の100歳祝いの日は、家族全員でおめかしをしました。

あなたの周りには、一人で暗い顔をしているおじいちゃんおばあちゃんはいませんか。
介護がうまくいかず、疲れてしまい、初めのころの親への気持ちを思い出せなくなった方はいませんか。なかなか実家に顔を出せず、電話をかける回数も減ってきていませんか?
このプロジェクトは、少しでも多くの人が、おじいちゃんおばあちゃんとのつながりを見つめ直すためのプロジェクトです。

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[得本 拓]
8人兄弟の末っ子でわたしたちの父親。Naokoは父からNikon FMを譲り受け、作品はこのカメラ一つで写しました。

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[新聞を読む祖父]
去年、祖父は老眼がひどくなったといって眼鏡を買い換えました。新聞を毎日欠かさず読んでいます。

▼頂いた資金は大切に使わせていただきます

・200歳式典の撮影費用
・写真展への作品のプリント
・ふれあいみくじの作成
・展示会場のレンタル代
・リターン品
・写真展中に行う座談会
 「シニアの方とのコミュニケーションを向上させよう」の運営費
・写真集の印刷費

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[帰省最終日の真夏の星空]
寝転がったアスファルトの熱を感じる背中と、眩しい星空。母親と話した未来の話はまだ叶えられていません。

▼工夫をこらしたリターンを用意しました!

皆様へのご協力に対して、ちょっと変わったものから写真作品まで・・・・さまざまリターンを準備させていただきました。
詳しいリターンは右側をご覧ください。

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画像: 左:喜界島のキャラクターよろこびと
    右上(祖父の長寿の秘訣)
    右下:島のお母さんからの仕送り風宅急便(一例)

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[帰省最終日、祖母とNaoko]

▼お礼

今回、歳月を経てこういったプロジェクトを実行するきっかけを頂いたことをとてもうれしく思っています。
姉妹で考えた「こうなればいいな」という一方通行の願いを、みなさんと一緒になって実現させてください。
写真のチカラで、少しでも胸の真ん中にぐっとくるプロジェクトになれたらと考えています!
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
Naoko(妹)より

私の妹は、目の中がキラキラしてます。そのおかげでいつも、いい写真を取ることができるのだと思います。特に家族の写真を撮る時にもっと、目がキラキラします。妹の写真を多くの人に見てもらえると嬉しいです。
Hanako(姉)より

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  • 2015/03/06 00:29

    こんにちは! 日本は寒い日がまだ続いているそうですが、いかがお過ごしでしょうか(^^) 妹の真子です。 シンガポールは、旧正月がありドタバタした毎日を送っています。   今現在、リターンを発送する作業を進めております。 お手元に届いた方も、もうちらほらいらっしゃるそうでホッとしまし...

  • 2015/02/05 23:09

    無事、展示会が終わりました。 わたしはというと、写真展最終日の夕方に仕事の関係でシンガポールに戻りました。 東京からシンガポールに戻る飛行機の中、さみしい気持ちと満足した気持ちでいっぱいでした。 しかし、ホッとしたのか一瞬で風邪をもらってしまい今日もグズグズやっています。   ギャラ...

  • 2015/01/26 22:43

    こんばんは!   妹の方の、なおこです。   東京はとても寒く、お肌がびっくりしています。 無事、ラジオ出演&オープニングパーティー&初日終わりました!     オープニングパーティーでは、素敵な三味線のパフォーマンスも作品の前でしていただきました。 三味線の響きに懐...

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