お陰様で後4日のところで目標額の95%を超えました。
皆様の温かい応援に心より感謝申し上げます。
小生がこのような活動に至るようになった大きなきっかけには
2011年の東日本大震災がありました。
祖母のいる岩手の釜石に早く駆けつけたい!
でも、道路が遮断されていて、行くことができない……
東北の血が流れている自分としては、なんとか現地の方々の助けを行いたい、
そんな想いをSNSで発信していた時に、お声がけをいただいたのが、
福島県の南相馬市行きでした。
現地の凄まじい光景を見て、愕然としました。
福島に出発する前に、道路事業を手がけられている方と大宮でお話した時に、
臭いがきつい、生々しい人の臭いだ、と言われたのが、
よくわかりました。
ご遺体が至るところにある中で、海岸線を中心に火力発電所、高台を見ていきましたが、
自然の脅威やこのような災害が実際に起きてしまうことに、
めまいを起こしそうな感覚になりました。
相馬市の中村神社で相馬家34代当主・相馬行胤さんとお会いした時に、
彼が話してくれた内容に胸を打たれました。
「このような現実と直面し、私はこの地から離れることができない。
この土地は、人馬一体となって歴史が紡がれてきた。
この地から日本を支え、世界を変えていく」
放射能が降り注ぎ、身に危険が及ぶ中で、人としての生き様に触れ、
東京に長らく暮らしていた自分が考えることがなかった気持ちと向き合い、
恥ずかしくなるようなそんな感覚でした。
人間は、自分ひとりでは生きられない。
そして、動物や自然に生かされている存在なんだ。
ここから被災地での2年間のボランティア活動が続き、
「ノー・ヴォイス」をなんとか完成させようと決意をするのでした。