応援して下さった111名の方々に、初めましての方も、お久しぶりの方も、遠くから応援して下さった方にも「ありがとう」の気持ちをちゃんとお届けしたい。 自分たちらしいやり方を考え、自分たちで作れるものは手づくりしなががら、それぞれの特技を活かしてお礼づくりをしてきました。 まずはお礼状。 イラストが得意なスタッフが工房とスタッフたちを描いてくれたので、その画を使ってシルクスクリーンしました。 お礼状の数は200枚!一枚一枚ちゃんと色を刷りました。 うまくできなかった箇所は筆で色をのせたり、工夫しながら。 シルクスクリーン初心者のスタッフも全て終わるころにはマスターになりました! 続いて、パン袋。 そもそもクラウドファンディングをスタートした地点から、「パン袋って一体何なの?もしかしてパンの紙袋?!」と周囲から質問が飛んでいました(説明不足ですいません)。 それは、エコバックのパン専用袋のこと。 パリの街中でバゲットを入れて袋を肩からかけて歩くお兄さん。これはcoolだと思ったのです。こうやってパンをそのまま入れる袋があるといいんじゃん!でも日本では見かけないな~。エコバックの定番はトートバックのカタチばかり。日本には存在しないのか...ないなら袋から作るしかない。 そんな訳で海外のサイトを色々調べて、パン袋を制作することにしました。パンをそのまま入れても気にならない素材、繰り返し洗って使える素材を探していたところ、未晒し(無漂白の木綿)の布を見つけました。 さらに、"ここむぎ"のメンバーからあずま袋の作り方を教えてもらい、裁縫上手なスタッフに袋を縫ってもらいました。 お礼発送の期限が過ぎ、量も沢山ありましたので、スタッフたちは「そこまでこだわりますか...」という気持ちが多少あったと思います。それでも私のパン愛とダジャレに付き合って一緒に作業してくれました。 「パンがパンパン、幸せパンパン」 (自分で考えたものの、発言するときは少し恥ずかしいので笑ってしまいます。) この袋いっぱいにパンを詰め込んで、しあわせで満たされるように思いをこめて。 消しゴムハンコが得意な"ここむぎ"のメンバーにハンコをつくってもらいました。 またしても手作業でスタンプ。この後すぐに紙よりも布の方が手ごわいことに気づくのですが、それでも最後まで一枚一枚丁寧に... そしてついにパン袋が完成しました! 最後に、工房利用者さんに協力いただき、パン・菓子の詰め合わせをつくりました。 ・風庵さんの「ビスコッティ」南三陸入谷の榧(かや)の実が入れました。 ・ひこばえさんの「パウンドケーキ」、「グリッシーニ」南三陸入谷産のごまや和くるみを入れました。 約40日間のクラウドファンディングは、一喜一憂の毎日でした。111人の皆さんの応援は、お金を集めるということ以上に自分たちがやろうとしていることに共感してもらえたことが大きな励みになりました。本当にありがとうございます。 工房にパンを買いにきてください、とお願いするには遠い所にお住まいの方も多くいらっしゃるのですが、いつか南三陸を訪れる機会があれば、その日までこの工房が利用されていくように、美味しいパンを作っていけるように、頑張っていきたいと思います。 早速、7月に開催したサンドイッチやさんにパン袋を持ってお客様が来てくださいました。感激もひとしお。 スタッフ一同、これからも皆さんのご訪問を楽しみにしております。 引き続きどうぞ応援よろしくお願いします。 WE 栗林
チャレンジがのこり1週間を切りました。 もう、泣いても叫んでもです。応援してくださるみなさん、本当にありがとうございます。 「どうしてリターンがパンじゃないの?」とよく聞かれるのですが、実は12月の時点では計画が思うように進んでおらず、いったいいつからパンがたくさん焼けるようになるのか不安でいっぱいでした……。 でも、このクラウドファンディングを設計した時点でまだフワフワおぼつかなかったことが、年明けからどんどん進み、動き始めています。その様子をお伝えします。 パンが焼ける希望が、どんどん現実に近づいてきました! (利用登録者が参加した酵母勉強会で焼いたパン、詳しくは記事のあとのほうで) 〈不安だったことその1 利用登録者は?〉 まず、どのくらいの人たちが、スタートの時点でシェア工房の利用者として「本当に」登録してくれるかわからなかったこと。「やりたい」という気持ちがあっても、「今、やれる状況にある」かどうかは別問題だからです。11月に、河北新報の折り込みに、こんなフライヤーをいれました。 「OUI工房 利用説明会のご案内」 2日間、4回の説明会には、「ここむぎ」のメンバーのほか、今は別の仕事をしているけれども製菓学校を卒業した人、地元の野菜やくだものを加工したい人、また、役場の方や、町内のカフェの方など、思いもよらない方も参加してくれました。嬉しかったのは、いままでWEの活動を知らなかった、という町内の女性たちからのコンタクトでした。忙しくて説明会には行けないけれど、資料を送ってほしいという方。「今はまだ、タイミングではない」けれど、いつかはチャレンジできたら、見守っていますとメッセージをくれた方。 そんななかから、スタート時点での利用登録者12名がうまれました!!! 〈不安だったことその2 工房運営とパンのスキルは?〉 利用登録者のみんなは、パンやお菓子を少量上手に焼けるかもしれませんが、いまだ「アマチュア」です。販売する商品のレベルと量をあげていくには、どうしても仕事としての製パン業経験者の伴走がなければ難しい。ひとりでご自身のお店を回しておられる清美先生おひとりにこれ以上頼るわけにはいきません。探すのは、パンの先生と、工房専属スタッフ。WEのHPに求人を出してみましたが、そんなニッチ分野の人材が簡単にみつかるわけもなく。 そんななか、以前に「食のしごと勉強会」の講師で来てくださった、パンのメディア「パンラボ」を主宰する池田浩明さんから知らせが入りました。毎日は無理だけど、もしかしたら一緒にスタッフやってくれるかもって人がいる。話してみたら? (パンラボの池田さん。パンラボの2/8のブログに、パン・菓子工房ouiのチャレンジを紹介してくださっています! http://panlabo.jugem.jp) それが、えりちゃんです。えりちゃんは、パン屋さんでの修行を積み、陸前高田のカフェで働いていました。この冬ちょうど、自分のビジネスを立ち上げる助走期間に入ったところです。週に数回、WEの工房専属スタッフとして加わってくれることになりました。 1月にさっそく、うみさと暮らしのラボの食の講座「酵母勉強会」の講師をつとめてもらいました。リケジョならではの論理的な解説で、酵母とは何か、講義してくれました。そして、実習。身の回りの土地の植物で天然酵母をおこすことができるんです。さんさん館のまわりの林で集めた植物から酵母をおこし、パンを焼きました。それがこの記事の一番上の写真! 次は、先生です。製パン技術、パンの商品計画、工房運営のための定期的なスキルアップ講座の先生……しかも、南三陸町に来てくださる方。どうやった探したらいいのか?藁にもすがる思いで相談したのが「みなさぽ」こと、「南三陸さぽたーず」さんでした。東京近郊の有志で南三陸を中心に東日本大震災の被災地を応援しているコミュニティです。みなさぽさんたちはなんと、あのパンマニアなら知らない者はいない大イベント「世田谷パン祭り」で、「世田谷パン祭り 復興応援ブース」を出しておられるのです。 (FBページ「2016年10月9日/10日 世田谷パン祭り 復興応援ブース」より転載 https://www.facebook.com/setagayapanouen/) みなさぽさんを通じて、世田谷パン祭りの実行委員長の間中さんをご紹介いただき、パン・菓子工房ouiの取り組みに共感し、先生になってくださるパン屋さんを探すために世田谷パン祭りのネットワークを通じて呼びかけていただくわけにはいきませんか? と無茶なお願いをしました。間中さんはこのプロジェクトのこと、本当に親身になって聞いてくださり、12月に開催した、東京・上野での活動報告会にも来てくださいました。 すると! 東京でベーカリカフェを経営される女性から「私でよければぜひお手伝いしたい」と連絡が入りました。製パン技術を人のために役立てたいという思いからパンの技術を学んだというお話を聞いて、このプロジェクトとの不思議な巡り合わせを感じたのでした。この話は長くなるので、また別の記事で。 こうしてようやく、工房を運営していく下ざさえが固まってきました。2月に入り、利用登録者のみなさんと、利用ルールおよび利用組合作りのはじめての会合をしました。資金的に今回は購入を諦めてリースでいれたオーブンの使い方講習も。 いよいよです、あと少し。どうか、応援してください。 この工房立ちあげの仲間になってください! WE 塩本美紀
WEの塩本です。 パン・菓子工房oui(ウィ)は今日、保健所の衛生検査を受け、いくつかの改善を条件に製造許可取得の見通しがたちました!先週、水道屋さんの工事が入り、建物はほぼ完成に近づいています。この小窓からパンが販売できる日を目指してあと一歩、どうか応援してください。プロジェクトリーダーのみっちゃんこと栗林の疲労も頂点に達していますが、この笑顔です。(プロジェクトリーダー、工房への思い) 立春を過ぎたとはいえまだまだ寒い南三陸町。うっすら雪景色の工房周辺の入谷の里山の風景です。丘の向こうは津波にあった沿岸地帯。いま、かさ上げ工事が急ピッチで進み、道がどんどんつけ変わり、ようやくこの3月3日に新しい商店街がオープンする予定です。おいしいパンやお菓子が焼けるようになったら、商店街の産直にも並べて町のみんなに届けられますように。 この素晴らしい、木の香りでいっぱいの小さな建物を建ててくれたのは棟梁こと佐藤工務店の與一さん、私たちが「うみさと暮らしのラボ」で大事にすること教えてくれる先生のひとりです。棟梁は津波の被害にあったあと、縁あって海辺の集落からこの里山に越して来ました。このプロジェクトの構想の段階、まだ工房建設なんて夢のまた夢だった頃から話を聞いてくれていた棟梁だからこそ、「やるからには責任持って」と引き受けてくれました。地元の南三陸杉材を活かし、木に向き合って丁寧にしごとをする棟梁には自然とともに暮らすこの土地での作法が染み付いていて、いつもぽろりといいことを言うのです。そして、密かに、女子力(?)が高い。棟梁のお宅には、お手製の木のポスト、木のちりとり、猫ちゃん用の木のお膳、使いやすいように心配りされた台所の棚など、端材までいかした可愛い木工製品がたくさんあってわくわくします。棟梁のおかげで、私たちがうみ出したい価値を体現するような、地元の南三陸杉材を使った手づくりの温かい建物ができました。 いままでに何度かお願いして、木工講座も開催していただきました。 思えばちょうど1年と少し前、パンの講座からうまれたグループ「ここむぎ」をはじめ、食のしごと勉強会で出会った女性たちが「製造許可のある加工場を自前で用意する」ことへのハードルが高すぎて一歩を踏み出せない、まだまだ復興過程の町内で使える場所を見つけられない、という壁にぶつかっていた時。パンの講座でも隣町の工房を利用しての試作販売でも、こんなにも美味しい食材がたくさんあるのに、土地のめぐみをいかしたパンをうみだしたいのに、可能性をたくさん感じているのに、と、突破口を見いだせないでいた時。ようすを見ていたこの場所の地主さんが 「あそこの石をどければ、土地がある」 と言ってくださったひとことが、すべてのはじまりでした。 今ついに工房が建った場所、以前はこんな様子でした。 工房をつくる? 私たちにできるだろうか? でもやるしかない! やろう! どうやって?そこからはただただ高まった熱量におされるように、知恵を出し合いながら、一歩一歩建設に向けて進んできました。そのなかで、どれだけ多くの方々に助けられてきたかわかりません。 地主さんをはじめ、災害ボランティア時代に知り合った司法書士さんなど、土地の契約や農地転用の書類作成の相談に乗ってくださった方々。この大量の石を運ぶ手伝いをしてくれたみなさん、ユンボとともに現れた奇跡のおじさん、(WEのブログ 工房予定地ができるまで道のり 奇跡の石運び、まさかの遺跡発掘調査) 建前(上棟式)は「ここむぎ」メンバーやご近所さんが手伝ってくれて、餅まきならぬパンまきと手料理でお祝いしました。(WEのブログ 餅まきならぬパンまきを) 内装工事にはいってからは、経費節約のためできることは自分たちで!と壁塗りや天井貼りのための竹切りに、工房利用予定の人、友人、東京からのボランティア、たくさんの人たちが駆けつけてくれました。 そして、美味しい差し入れをいただくこともしばしば……。 さらにさらに、私たちには手が届かないと諦めていた機材を譲ってくださった方々、寒い寒い日にその機材搬入を助けてくれた方々、心配しながらもいつも相談に乗ってくださる町役場の方々、「美味しいパンを待ってるよ、応援してるっちゃ」と温かい声をかけてくれる地元のみなさん。 ありがとうございます。 そして、1月までにご寄付を下さった50人を超えるみなさん、そしていま、CAMPFIREでこれまで応援して下さった50人のみなさん、応援してくださること、このプロジェクトの仲間になってくださったこと、本当に嬉しいです。ありがとうございます。 こうしたみんなとの日々を積み重ねて、この「パン・菓子工房oui」プロジェクトは進んできました。次は、機材を整え、オーブンに火を入れられる日を待っています。クラウドファンディングも残りが10日と少し。どうかどうか、達成めざして、なにとぞ応援してください。
こんにちは、WEの塩本です。 クラウドファンディング、もうすぐ折り返し地点ですが苦戦しています。どうか、パン菓子工房のはじまりのもうひとつのストーリー「うみさと暮らしのラボ」のことを聞いてください。 〈この町にはなにもない 本当?〉 わたしは震災後に南三陸町でモノづくりを続け発信していきたい! という女性たちといっしょに、手づくり市の勉強会、手しごとスキルアップ講座、などを続けてきました。そのなかでいつもひっかかっていたのは、みんながしばしば口にする 「この町にはなにもない」という声でした。 特に、手芸材料が手に入らない。震災直後はプリント布や色とりどりの毛糸や、手芸の材料が、どんどん、どんどん、支援で送られてきたものです。それがなくなったとき、隣町の大きなショッピングセンターや100均まで行かなくては、通販で見つけなくては。時間がないなか、移動距離も長くガソリン代もかかり、ネット通販にも慣れておらず誰に聞いていいかもわからず。その大変さは理解できました。 でも、できる限りのお手伝いを続けながらわたしたちが気になっていたのは、この町の自然と暮らしが生み出す宝のほうでした。 森の木々、木の実やツルや竹、里の草花、蚕や羊毛、海からは貝や砂や海藻など、都会では手に入れにくい素晴らしいものが溢れている。そうした素材をいかす、人々の知恵。こうしたことに興味を持つ人たちといっしょに、少しずつこの土地の材料を使ったモノづくりをしていけないだろうか。 [写真:2015年夏、南三陸町歌津「さとうみファーム」で開催させてもらったWE茜染め講座のようす。さとうみファームの羊毛と、講師のアトリエゑん さんの洋服を染めました] そんなころ、清美先生との出会いから本気のパン講座がはじまっていました。生徒として参加した町内の女性たちは教室を重ねるたびに、パンへの思いを語り、どんなパンを作りたいのか、親しく言葉を交わすようになりました。 せっかくパンを作るのなら、この土地の食材を使ったおいしいパンをつくりたい。 オーガニックの材料で作った身体にやさしいパンを家族に、友人に、食べてほしい。 町を出て行く人たちは、「この町には、なにもない」と言うけれど本当にそうだろうか? 町の食材で作ったおいしいパンを食べてもらえたら、町の人たちもこの町の豊かさに気づいてくれるんじゃないだろうか。 [写真:2015年夏、パン講座のようす。清美先生の指導のもと、みんな真剣です] 〈地元の材料とオーガニックにこだわったマルシェを〉 こうして、モノづくりの分野と食の分野で「地元の素材をいかしたい」という思いが高まったわたしたちが次に挑戦したのが、竹テントを使っての小さな市「ひころマルシェ」でした。最初の開催は2015年秋、南三陸町入谷(いりや)の「ひころの里」という、パン菓子工房ouiのすぐそばの古民家と広い原っぱのある場所です。マルシェでつかう竹テントや机や看板や箱も少しずつ地元の材料で手づくりしはじめました。 [写真:2015年9月、NPO法人トージバさんを講師に、入谷で、竹テントマスター育成講座を開催。竹林から竹を切り出し、2台の竹テントをつくりました!] パン講座の生徒たちも、ご厚意で時間貸ししてくださるという石巻のパン菓子製造許可のある加工場まで出かけてパンをつくり、「ここむぎ」というグループを作ってはじめての販売を行いました。その晩、「ここむぎ」のメンバーのひとりのお宅に近所のおばあちゃんから電話がかかってきました。今まで、こんなに美味しいあんぱんを食べたことがない。材料はどうしたの、と。小豆は入谷のご近所さんがつくっているものを使っているのよ、ただ、お砂糖はきび砂糖というものを使っているのよと答えると、おばあちゃんはちょっと驚いた様子だったそうです。 このことは、「ここむぎ」のメンバーのみならず、わたしたちみんなを勇気づけてくれました。おいしいもの、いいものは、伝わる。この小さなマルシェを核に、この土地の素材と自然のめぐみをいかす知恵をともに調べ、学び、伝える仲間を増やし、地域でめぐらせる取り組みを続けていこうという決意がめばえました。森里海の豊かなめぐみをいかし、「この土地でつづく暮らし」をコンセプトにしたプロジェクト全体に「うみさと暮らしのラボ」という名前をつけました。 [写真:2015年9月、はじめての販売で「ここむぎ」が販売したほわほわのフォカッチャ、名前はわざと「ホカッチャ」] 〈「うみさと暮らしのラボ」で取り組んでいること〉 2015年秋のはじめての「ひころマルシェ」以降、取り組みがゆっくりと形になり始めたのが2016年の春でした。5月と10月の「ひころマルシェ」には、町内だけではなく近郊からも関心を持つ人たちが出店したり、手伝ってくれたり、遊びに来てくれたりしました。 [写真:2016年5月のひころマルシェ。古い傘をアップサイクルする取り組みをしているアーティスト、CASA Projectさん(気仙沼)に、子ども向けワークショップを開催してもらいました] パン講座の生徒からうまれたグループ「ここむぎ」はこのパン菓子工房ouiプロジェクトを引っ張っていくとともに、無農薬小麦の栽培にも挑戦しています。地元の南三陸杉を使って暮らしまわりのモノを自分で作りたいという仲間たちは「南三陸木工女子部」の活動もはじめ、リノベの技術を身につけながら町内の古民家を直したり、木工のシェア工房を整備し、今回のパン菓子工房建設でも力を発揮しています。そのほか、草木染め研究会、織物や、蚕からの糸とりなど、忙しい時間を縫って一つ一つスキルを身につけつつある人たちがいます。こうして、手づくりの食、手しごと、マルシェ出店、ワークショップ開催など「小さなナリワイ」の種を育てようとしています。 最後に、「うみさと暮らしのラボ」プロジェクトが大事にしていることをご紹介したいと思います。 「すこやか」にこだわる 「地球にやさしい」にこだわる 「素材」にこだわる 「おいしい」にこだわる 「地産」にこだわる 「うつくしい」にこだわる 「たのしい」にこだわる Facebookページです。https://www.facebook.com/umisatokurashinolabo/ [写真:2016年、草木染め研究会some-lab、はじまったばかりの活動ですが、地元の草木染め植物の調査とワークショップづくりなどをしています。近所で拾った栗のイガ、椿の葉っぱ、タブの木の皮、などで染めた手紡ぎのシルクウール] この土地で、ながく、幸せに暮らしていくためにできること。その答えのピースを本気で考え、ひとつでもみつけていくことが、日本の人口減少地域全体の課題を解きほぐしていくことだと思っています。おいしいパンからはじまる小さな経済は、間違いなく、そのピースのひとつです。どうか、この三陸沿岸の小さな里山ではじまった取り組みを応援してください。 塩本美紀
こんにちは。ウィメンズアイの栗林です。 今日は、私たちがパン・菓子工房ouiプロジェクトを立ち上げる過程で、欠かすことはできなかった女性を紹介したいと思います。 その女性は、南三陸町の隣にある石巻市でパン工房ficelleを経営する高橋清美さんです。 2014年秋、食のしごと勉強会の企画を担当していた私は、地域の女性たちがどんなことを学びたいのかヒアリングを行っていました。 「天然酵母のパンが食べたい。」「カンパーニュが作れるようになりたい。」 パンづくりに興味がある女性たちに出会い、教室を開こうと講師と場所を探していました。 そこに、隣町でパンを焼いている女性がいること、さらに南三陸町出身という情報を聞きつけ、共通の友人を通じて清美さんが石巻で主催されるパン教室にお邪魔したのが出会いでした。 それが今からちょうど2年前、2015年1月のことです。 震災後、縁あって石巻ではたらくことになった清美さん。生まれ育った南三陸町への思いが強く、ウィメンズアイの南三陸町での取り組みに賛同してくれ、パン教室の講師を快く引き受けて下さいました。 町内にある立派なオーブンがある厨房を一緒に下見し、パン教室の準備を進めようとした矢先、この場所では教室利用はできないということがわかりました。やっと講師が見つかったのに... この企画は暗礁に乗り上げます。 受講したい女性と講師がいるにも関わらず、場所がない!!! そこに突然、パンを習いたいという女性から電話が入ります。 「自宅にオーブンがあるから場所を貸してもいいですよ」 「本当ですか?!!!ぜひお願いします」 (今でもはっきりと覚えていますが、電話越しでも嬉しさを隠せなかったこと。) その家に暮らすご夫妻は、その後私たちが小麦を作るきっかけを下さった、このプロジェクトに欠かせない重要なお二人でもあります。この話はまた後日したいと思います。 さて、構想から約半年たった2015年5月ついに!女性たちが待ち望んでいたパンのスキルアップ教室がスタートしました。 教室を横から眺めている私には、参加している女性たちの純粋に学びたいという意志がその教室を充たしているように見えました。それはとても綺麗な光景でした。 清美さんはその意志に応えようと、長い間苦労して積み重ねてきた技術をほぼ素人であった彼女たちに丁寧に、丁寧に、時に厳しさをもって教えてくれました。 (手にまとわりつく生地、何回も練習を重ねるうちにきれいにまとまるようになりました。) 清美さんが教えてくれたことは、パンをつくる技術だけでなく、食を仕事にする心構え、商いの難しさ、自分が育った町がもつ豊富な食材とパンの可能性、それだけでなく、お昼にはパンの楽しみ方、食し方を紹介してくれました。 写真は、初回ランチに特別に用意して下さったパン。そこにいる全員がパン好きということで、テーブルに並んだこのパンに視線が釘付けになりました。これを読んでくれている人の思わず「わぁ~」という声が聞こえてきそうですが、美味しい食には人を幸せにする力があると強く思わせてくれます。私たちはその食を創りだす清美さんの才能に毎回関心させられていました。 でも、清美さんはこのころご自身のお店を開業するという一番大変な時期でもあったのです。そんな忙しい日々の貴重なお休みの日に教室のため南三陸まで通って来てくださいました。そのことを全員が心から感謝しています。工房ouiを今後利用してくれる一部の女性たちは、清美さんから学んだことを活かしながら、自分のパンづくりに挑戦しようとしています。それは決して簡単なことではないけれど、何よりの恩返しになると信じて。 パン・菓子工房ouiプロジェクトがスタートするまでに沢山の人と出会い、つながりを太くしてきました。このプロジェクトに欠かせなかった人々を紹介することで、このプロジェクトにあつまっている熱量のようなものをお伝えできたらと思っています。 最後まで読んでくださってありがとうございました。 WE栗林