今日のメンバー紹介は、今川心平くんです。しんぺーと呼んでます。谷口眼鏡で働いています。しんぺーと出会ったのはいつだろう?多分にいくんに誘われた会議の時が最初かなぁ?実家が幼児教育をしているということもあるのか?人との距離をつかむのがすごく上手いんですよ。適度な距離なんです。みんなが作業している時にちょうど足りないところにいる。会議でもあまり話をするタイプではないのですが、シンプルに答えを持ってたりするので驚きます。そんな彼も結婚して子供が生まれてパパになりました。早くしんぺーブランドのメガネができるのを楽しみにしています。
●心平くんが河和田というまちとつながったキッカケは、やはり大学時代のアートキャンプですか?
「そうです。中でも僕は伝統と産業とアートっていうプロジェクトに関わっていて、手仕事のものつくりの現場に触れる機会が多かったんですよね。学校ではプロダクトデザインを勉強してたんだけど、だんだんとものつくりのほうに興味が向いていき、さらに3年目にアートキャンプの学生代表をやったことで燃え尽きたというか、完全に学校に行かなくなっちゃって」
●それはかなりの燃え尽きっぷりです。
「いや、ホンマに。学科的に元電機メーカーの先生が多くて、企業戦士育成所みたいな感じやったんで、あんま面白くないなっていうのもあったんですけど。一応休学ってカタチにして、ほぼニート生活、フレッシュネスバーガーでずっとバイトするというね。あははは。そうこうしているうちにオヤジから“いい加減にしとけ”的なことを言われだし。ちょうどその頃、新山くんがアートキャンプの事務局で河和田に常駐してたんで、まぁ居候としてお世話になりつつ、仕事をどうするか考える、みたいな」
●仕事も、生活も、すべて来てからなんですね(驚)。
「眼鏡っていう目星はつけてたんですけど、眼鏡に対して多少なりとも思い入れがあったので」
●それはどういうことでしょう?
「僕、ずっと眼鏡をかけてて。えっと、ツルの部分に刻印してあるじゃないですか。高校生の頃に買った眼鏡に“HANDMADE IN JAPAN”って入ってて。眼鏡がHANDMADE? 意味わからんと思いつつ、ずっと引っかかってて。アートキャンプで生産地に来て、現場を見て、ああ、なるほどねって腑に落ちて、パッと目の前が開けた気がして。なので眼鏡の仕事をやろうかなっていうのを頭の隅に置きつつ、新山くんに“お前みたいなやつにできるか、ボケ!”ってイジられながら、3か月くらいいたのかな(笑)。学生時代に市役所とかいろいろな人の縁ができてたんで、その流れから谷口眼鏡を紹介してもらい、面接を受けて、入れることになって。一週間後には移り住んで働き始めたっていう感じですね」
●なんだろう。休学も、フレッシュネスでのバイトも、お父さんからの叱咤も、全部ここに来るために必要だったというか。
「そう。だから河和田に来ることには全然抵抗がなくて。当時は親子関係が最悪やったんで実家にもいづらかったし(苦笑)。とは言え、漠然と大阪でひとり暮らしを始めてもどうにもならんやろうし、眼鏡の仕事でこっちに移り住むんやったら、むしろ楽しみなくらいで」
●実際にどういう仕事をしていますか?
「今はほぼ製造ですね。作って、磨いて、削ったり、な毎日」
●そういう日々のなかで、異業種の人間が集うPARKに参加することになったのは?
「んーと、誘われたときにTSUGIでSurの仕事も始めてて。やることは会社とまったく一緒なんですけど、社長の了解をもらいつつ、会社の仕事が終わってからか、休日に会社へ行って作業をずっとやっていて。当然好きにはできんし、本業に支障が出たらまずいし、いろんなことに気を使わなあかんしで、悶々としてた時期でもあったんですね。そういうタイミングに(酒井)義夫さんやったかな “工場をみんなで作ろうかと思うんだけど、どやさ?”って言われて、そこやったら自由に使えるようになるのかなーと思って。うん、最初は単純にそのために入った感じでしたね」
●しかし時間が経つうちに、規模がどんどん拡大し。
「そう! 正直、僕はほとんど貢献できてなくて。結婚や出産、いろんなことが重なったのもあるんですけど、現状では利用者側にいきすぎてる感があって。Surと自分の眼鏡作りがしたい、なので機械をガッツリ使いたいです!みたいな。ただメンバーのなかで眼鏡は僕しかおらんし、眼鏡関係の機械を知っとるのも僕だけやし。そこは状況作りも含めて役割になっていかなあかんところですよね」
●自分の頑張り次第では、会社とは別ブランドとして発表する場だったり、独立する前段階として使うこともできるようになるかもしれない。
「そうそう、そうなんです」
●さらに、心平くんが谷口眼鏡に入ったときみたいに、眼鏡作りに興味がある、どんな仕事か触れてみたいっていう人のきっかけにもなったりして。
「ああ、それもいいと思いますね。だからワークショップを開いてみたいっていうのもあるんですよ。僕は『メガネファクトリー』っていうサイトで眼鏡業界のことを調べていたんですけど、やっぱり見てるだけじゃわからなかったし。けど会社見学させてくれってお願いしても断れられることが結構あって。だから見て、触れて、みたいなことを気軽にできる場所があったら本当にいいなって思うんです」
●実際に働いている心平くんに話が聞けるオプション付きですからね。
「ハハハハ。それはワークショップじゃなくても、カフェでお茶を飲んでるときにそういうことが起きても面白いですよね。で、漆器に興味があるって聞いたら、ろくろ舎を紹介したり。うん、そんな場所になるといいなぁと思う」
●どんな人と出会いたいですか?
「さっき言ってたことと被るけど、僕と同じような状況の人、若い職人。ひとりで眼鏡を作るのには限界があると思うんです。ウチは奥さんも眼鏡のデザイナーなので、そこは強力な味方に置きつつ、ゆくゆくは一緒に仕事ができるような人と出会えたらいいなぁと思いますね。とか言いつつ、そんなに壮大な夢は実はなくって。100パーセント独立したいとも思ってないし。メインの仕事があって、サブの仕事でもそこそこおカネが入ってっていうのでも僕はいいと思う。自分が作りたいものが作れれば、そして普通に死んでいきたい(笑)」
●その「自分が作りたいものが作れれば」っていうのがキモなんですよね、きっと。
「ほんとにそうで。Surを始めた当初は、作って、クラフトマーケットに出店して売る、みたいにすべてが直やったんで、そこで悶々としていたフラストレーションがドバーッと解放された感じして」
●心平くんが眼鏡を作って生活できているってことは、それを使ってくれてる人がいるということだから。
「そうそうそう。300本作って、はい、出荷みたいな。それが誰の手元に行ったのかさっぱりわからへん。たとえ店で自分の作った眼鏡を持ってくれてる人を見ても、身分を明かしちゃいけないんで。そういうなかで僕自身、モチベーションがすごく下がっていたところもあるし」
●意外です。作った職人さんが近くにいるなら、こだわりとかめっちゃ聞きたい。
「めっちゃ言いたい! というか、一度大阪の店で言っちゃって、回り回ってちょっと怒られたことがあって。いや、その理由もわかるんです。眼鏡業界は意外と狭いし、OEMも多いから製造元を出しにくかったりもして。けどPARKで作る眼鏡に関しては真逆でいいから。そう、そういうことがしたい。眼鏡には大きくメタルとプラスチックのフレームがあって。僕がプラスチックの会社を選んだのは、メタルは機械がないとどうにもならんけど、プラスチックやったらある程度手作りできるからで。調べてる時点でゆくゆくは手づくりもするやろうと思ってたし、したいなぁと思っていたんです。会社でやるのもいいんですけど、新しい風を起こさんとまたどっかで行き詰ってしまいそうだから。もっと言えば、眼鏡同士でやってても凝り固まてしまうとも思うし。そういう意味で、PARKには木工も漆器もいろんな人がいるから。さらに新しい出会いがあって、いろいろつながって、どんどん広がっていくのが一番面白いことかなって」
インタビュー:山本祥子