■世界一の大国をKIMONOに表現
アメリカ合衆国のKIMONOの製作を担当するのは、東京で創作活動を行う友禅作家「成瀬 優」先生です。 成瀬先生は、糸目手描き友禅のほか、ローケチ染や絞りにも精通するマルチなスキルをもつ屈指の染色家です。 また、俳優の舞台衣装を手掛けるなど、エンターテインメント性のあるデザインも得意であることから、世界一の大国で多民族国家であるアメリカ合衆国のKIMONOを引き受けていただきました。 しかし、日本人にとって多くの情報とアイコンが存在するがゆえに、アメリカという国を一枚のKIMONOに表現することはとても難しく、成瀬先生も苦悩されました。 たとえば自由の女神はとても有名ですが、ニューヨークという一都市のアイコンでもあります。しかし、星条旗だけではあまりに表層的すぎる。製作の議論は尽きませんでした。
■大統領と合衆国
悩んだ末にたどり着いたのが「大統領」と「50州から成る合衆国」という主題でした。 そこで、成瀬先生は、大統領の紋章に描かれている白頭鷲を、大きく地球を俯瞰するように構成し、 宇宙からアメリカ大陸を見る様子に「大統領が国を守っている」という意味を込めました。 また、50州の州花を全て描くことで、それぞれの州が独立自尊しながら一つの国を成している「合衆国」を表現しました。 その結果、全ての州のアメリカ人にとって、このKIMONOとの絆が生まれることとなりました。
さらに、その州の花の中には、野球のボール、アメフトのボール、自由の女神、 ハリウッド映画のフィルムなどのアメリカンカルチャーを取り入れました。そして「42」という数字も描いています。この42という数字はアメリカ人の誰もが知る背番号で、 黒人初の大リーガーであるジャッキーロビンソンの背番号です。 メジャーリーグの全ての球団で永久欠番であるこの数字の麓には、 黒人解放を成し遂げたリンカーン大統領の彫像が描かれており、 そのストーリー性のある構成にアメリカの歴史を感じられます。 そしてさらには、スペースシャトルの宇宙飛行士、 ケネディ大統領をオマージュした「アポロ11号」の近くにはUFOも飛んでいます。 こんなジョークもきっとアメリカ人には好まれるのではないでしょうか。
■前代未聞の挑戦
成瀬先生が、アメリカ合衆国のKIMONOに使った技法は、地紋を起し、 生地自体に柄のデザインを織り込んでいく技法です。
同じ文様を繰り返し白生地に織るのは珍しい技術ではありませんが、 絵羽文様のしかもこれだけ複雑な地紋を生地に設計し製織することは前代未聞の挑戦です。 パソコンの画面上に大きく拡大されたビットマップに、3000本以上の経糸と緯糸の交差点の6種類の組織を、 ひとつずつ指示をしながら生地のデザインを進めていきます。 それは途方もなく大変な作業です。しかも、先生のこだわりが凄いのは、同じ花が複数描かれる場面でも、 決して「コピー&ペースト」せず、一つ一つの花の形を変えていくところです。「自然界に同じ花はないよね?」当然のごとくおっしゃいますが、なかなか出来ることではありません。 結果、全体の生地の設計をするのに数週間を要し、大変な苦労を経て記事の設計が完了しました。
■どこまで攻めるのか
白生地は、丹後の白生地屋さんの執念の仕事によって見事に上がり、 彩色の工程は非常に特殊な技法で行われました。
通常の糸目友禅のように染分ける堤防が存在せず、生地に直接描く「無線友禅」です。 染料に直接糊を混ぜて描くこの技法は、水分の調節がうまくいかないと、 滲んでしまうか掠れてしまうために、 常に糊の混ざった染料の粘り気を観察しながら描くという奇跡の様な友禅です。
また、描いている色は、 糊によって大きく色が違って見えるため、視覚的に配色をとらえることができず、 また、最終的に水洗をしないことには全体の色も見えません。 そんな状況の中で、成瀬先生は、 どこまで作品として配色を攻めるのかのぎりぎりの攻防をしました。
彩色の途中「済まないが、今は会いたくない」と、 面会を拒まれるほど、極限の集中力を発揮した末にこの色彩が生み出されました。
■母国アメリカでのお披露目
作品が初めて披露されたのはロサンゼルスです。
日米協会のガラディナーでは日米の経済界の皆さんが、 ため息とともに感激し、独立記念日のパレードでは、 消防車の上に立ったこの作品に沿道を埋め尽くす数多くのアメリカの皆さんから大きな拍手と 歓声を頂きました。
文末ながら、本作品の製作資金をご提供くださった、 アメリカン・エキスプレス・インターナショナル,inc.様に心からの御礼を申し上げます。
■帯
製作者 西陣 中居織物
製作監修 帛撰 技法 手織り袿錦
■平和のオリーブ
アメリカ合衆国の帯の制作は、西陣織に精通した「帛撰」に依頼しました。 帛撰の小口社長は、大統領の紋章である白頭鷲がKIMONOに描かれることから、 大統領旗のエンブレムに意匠を求めました。そのエンブレムに絵描かれた白頭鷲の向かって左足には13葉のオリーブ、右足 には13本の矢を持っています。 これは、オリーブが平和を、矢が戦争を意味していて、白頭鷲の頭は左、すなわち平和を求めているように描かれています。 ここから、13葉のオリーブを平和を求める意味を込めてデザインの中心に取り入れました。 さらに、星条旗のストライプに注目し、全体の着姿の上品さを失わない程度に、オリーブの背景に描きました。
■セミの羽の様に軽く薄い織組織
織り手に選ばれたのは「中居織物」で、 西陣でも中居織物だけの手織技法が「袿錦」です。 袿(うちぎ)とは、十二単の内側に重ね着する、セミの羽のように薄くて軽い織物です。
そんな、繊細な織の地組織の上に、撚りの強い糸を用いて、オリーブの葉を織り上げています。 この織り方が圧巻なのは、このように薄い土台に、地組織より太い緯糸で織り上げる際、 織の表面に窪みや織幅の縮みが出てしまうという常識を覆し、見事に織り上げているところです。
まさに、機の打ち込みの力加減や、 緯糸をいれるタイミングを熟知した熟練ならではの、オンリーワンの織技術です。
■オリーブの葉に込めたこだわり
オリーブの葉をよく見ると、 織上がりの織り模様がいくつもの種類に別れていることがわかります。 これこそ、単純に見えることを嫌う西陣ならではのこだわりで、 また、オリーブの葉の色も、葉先から枝の近くまでそれぞれに変えてあります。 これによって、遠目に見た時に立体感が生まれ、 KIMONOとのバランスも巧みに取れるように工夫されています。