
くわばら、くわばらのその理由。
夫のレポート第2回です。どうぞご覧ください。
第二回 プラネタリウムのその先
僕らが出会って間もない頃、ものすごい数の流れ星を見たことがありました。
嘘のように訊こえますか。
けれど、そこでは毎日、流星群のように、星が空を飛びます。流れ星を見ると、おなかの奥のあたりから温泉が湧くようにじわじわと温まっていくのが分かります。きっと今でも彗星から放出された無数の塵を、その場所では見ることができるのだろうと思います。
でも、このところは星ともしばらくは疎遠の状態です。残念ですが、朝が早い分、僕らの夜はとてつもなく早く終わってしまうのです。
それでも年に一度だけ、僕らは星に会いに行きます。
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普通の旅とは別に、年に一度、僕等は車に乗って旅をします。
寝袋と、予定表と、いっぱいのタオルを抱えて、車中泊を繰り返しながら、行けるところまで車で行ってみるのです。
僕は運転と行き先を決める係、彼女は、行く先々の名物を調べる係です。
原始的ですが、このときばかりは、僕等はインターネットのお世話にならないようにしています。図書館からどっさり本を借りてきて、仕事の合間に、文化、食、自然などの情報を手書きのメモに起こしていきます。なかなか骨の折れる作業ですが、珈琲豆をゴリゴリと挽くように、僕らはその過程を大切にしています。
去年の行き先には、四国を設定しました。
岡山から四国へ入り、香川、高知、愛媛、しまなみ海道を渡って広島から長崎へ戻るルートです。岡山の大原美術館からスタートし、香川、高知の名所を巡り、愛媛の道後で温泉につかり、しまなみ海道の夕日を見ながら、広島へ、という流れが、僕が決めた大まかな旅のルートです。
彼女にその行き先と到着予定時刻を伝えると、予定表に食事をする場所が次々に、記されていきます。しかも混雑のことまで考え、一つの土地で2,3軒は候補があります。4日間であれば、朝昼晩の3食、さらに候補2,3軒・・・かなりの数です。でも、彼女にとって、その土地で当たり前のように愛されてきた習慣的食文化に触れることは、この車の旅での醍醐味の一つとなっているようです。
考えてみれば、出会った時から、彼女はそうでした。買ってきたお土産、食材、素材、味、名前、外食して食べたもの、その時期と内容を完璧に把握していました。僕なんかが、うっかり忘れてしまうと、彼女は、信じられない、と僕に言います。
僕にとっては、その特殊能力の方がにわかに信じがたいと思うのですが。
いずれにしても、彼女の下調べのおかげで、旅の濃度は何倍にもなります。
僕も彼女も小食ですが、できる限り、習慣的食文化を体験できる現場に立ち寄る努力は惜しみません。
習慣的食文化に触れることは、その土地を守り続けている「精霊」に触れているような感覚です。勝手な解釈ですが、その土地にお邪魔して、感謝の気持ちをもって、食事をいただくことによって、不思議とその土地に許されたような気持ちになるのです。
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どんな旅をしているのか、ほんのすこし、旅の内容を紹介してみます。たとえば香川では、うどん(中村うどん)を食べた後、金比羅さんに登り(飴を金槌で割って食べました)、ずっと山奥にある行基の湯へ向かう途中にある谷岡食堂で夕食をいただきました。そこは、長崎に住んでいる僕らにとって、おそらく滅多なことでは行くことができない場所ですが、人生の中で一番旨いと感じた「中華そば」をいただくことができました。香川であえて、うまい中華そばに出会えたのも彼女のおかげです。本当の予定は骨付鶏だったのですが、急な変更があっても、彼女のおかげで、ちょっと気になるお店にお邪魔することができます。
一体、どうやって調べているでしょう。でも、僕は鶴が機を織る扉を、あえて開けようとは思いません。ただ僕がすべきことは、いずれにしても織ってくれた機を有り難くいただくことだろうと思います。
それから、行基の湯でお風呂に入りました。一日の疲れを温泉で流したら、車内を寝室に変え、車のサンルーフを開け、みんなで空を眺めます。
吸い込まれそうなほど黒い空の中に、星が広がっています。そして空に浮かぶ星のうち、幸運な星は、彼女の瞳の前で溶けることが許されます。空の河を星が流れるように、頬を伝う溶けた流星を僕は横目で眺めます。
僕等はこうした形で、年に一度、自然のプラネタリウムを覗くことになります。
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彼女が進んでいく先になにが待っているのだろう、時々、そう考えます。
このちょっと風変わりな旅が、その土地が持つ独自の感性を自分の中に取り込み、デフォルメし、彼女らしい形のものを作っていくための、材料になってくれればいいのですが。
彼女の頭の中に広がる「食のプラネタリウム」を、みなさんにお見せすることができる日も、あともうすこしです。
僕らが出会った頃に見たような、流星群を、彼女は彼女なりの速度で届けていきたい、と言っています。なにとぞ、末永くごひいきを。
さて、タイトルの「くわばらくわばら」ですが、これは雷よけのおまじないだそうです。
でも、それを唱えるのはまで、あと二回ほどお付き合いください。
「出会いのパン」〜小麦酵母パンを伝承したくて〜まだまだプロジェクトは続きます。引き続きご支援の程よろしくお願い致します。





