堂内の聴衆全てを見渡す事の出来る高座での説教は真宗独自の形態で、ここから、浪花節、落語、講談が生まれました。 説教が、話芸の源流であるの間違いありませんが、芸能ではありません。説教は阿弥陀さまの御取り次ぎです。ですから、そこからこぼれ落ちるのは、南無阿弥陀仏のお念仏です。小沢昭一さんは、私の祖父を「最高にして、最後の説教使」と、呼んでくださいました。ですが、私の役目は、祖父を最後の説教使にしない事です。阿弥陀さまのみひかりのもと、精一杯の御取り次ぎ。どなた様も、ようこその、御参り。 うれしく たのしく おごそかに。
今回、祖父江佳乃師の高座説教は毫摂寺に伝わる猪から幼き子を守ったのゑ女の逸話を基に行う予定です。大怪我を負いながら幼き子を身を挺して守った乳母ののゑ。 昭和初期に毫摂寺を訪れた与謝野晶子は「おもへらく釋清心もゐのししもいまはほとけの御弟子ならまし」(与謝野晶子)という歌を詠みました。 乳母という使命を担ったのゑと、雪が降って食べ物がなく生きるために 里に下りてきた大猪。猪に子がいたかも知れません。ここには善も悪もなく、命と命のまことに悲しい出会いがあるだけです。晶子はそのことに思いを致して、 「のゑも猪も、いまはお浄土で仏さまのお弟子になっているでしょうね」と詠っているのでしょう。
越前市には2つの本山格の寺院があります。真宗出雲路派本山 毫摂寺。天台真盛宗別格本山 引接寺。 本山コラボのこの法会ですが、天台真盛宗と真宗も縁が深いです。 滋賀県坂本にある天台真盛宗の総本山西教寺の本尊は阿弥陀如来。真宗寺院の本尊と同じです。念仏と戒律を大切にする宗派です。本願寺蓮如上人と同時代に出られた真盛(しんせい)上人は伊勢の出身で、恵心僧都以来の念仏による救いの道を、比叡山に残って極められた人です。真盛上人の弟子がその教えを継承し、明治になってようやく天台宗真盛派として独立、戦後天台真盛宗となりました。西教寺には真宗高田派中興の祖、第10世真慧(しんね)上人のお墓があります。真慧上人は坂本で学んだり、伊勢の地で真盛上人とともに民衆救済に歩いたこともあって、二人は良き法友だったそうです。宗派は違いますが真慧上人の遺言に基づき、西教寺にお墓をつくられたと聞いています。 いろいろなつながりの中でこの法会が営まれています。
浄土真宗の法話案内に登録しました。http://shinshuhouwa.info/