今回のプロジェクトを応援してくださった方の中に、大泉学園町3丁目にある森魚工房の杉山佳隆さんがいらっしゃいます。 http://forestfish.web.fc2.com/森魚工房にお邪魔したのは4年前、東北に応援に行くぶたちゃん貯金箱をお預かりした時でした。前回のレポートに少し書きましたが、私は夫の貢児さん同様、東日本大震災後、東北の応援をしていました。もともとは東北に親戚や友人がいたわけではなかったのですが、2011年夏、知人に連れて行ってもらった宮城県気仙沼で南町紫神社のわきにある紫会館という集会室で避難所を運営していた方たちと親しくさせていただき、以来、その地域の商店街の復興の応援をしてきました。大泉学園で呼びかけてカンパを集め、2011年12月にオープンした仮設商店街「南町紫市場」が本設に移行できることを願ってカンパをお送りしてきました。大泉学園町で陶芸教室を主宰していた杉山さんは、生徒さんたちとぶたちゃん貯金箱を作り、そこに器の売上金などによるカンパを集め、一定金額が集まると東北に届けるという活動をされていました。私が同じ地域で気仙沼の応援を呼びかけていると知って、ぶたちゃんを託してくださったのでした。https://blog.goo.ne.jp/forestfish/e/a08c48cbdcd0e1dddaf2c39f08c539b7今回、ウイズタイムハウスを始めるにあたって、共感してくださり、クラウドファンディングの応援、SNSでのシェアなど、とてもご協力くださいました。本当にありがとうございます!ウイズタイムハウスは大泉学園町4丁目、近い地域で、これからまたご一緒に活動できることがあればと願っています!(^^
今日は私の夫・貢児さんの誕生日なので、今回の記事は貢児さんのことを書きます。 私が初めて貢児さんに会ったのは、大泉学園で私が企画した映画の上映会でした。前回のレポートでご紹介したドキュメンタリー映画「あしがらさん」の監督・飯田基晴さんが作った映画に、東日本大震災における障害のある人の状況を追った「逃げ遅れる人々」、動物たちの様子を追った「犬と猫と人間と2」という作品があります。 東日本大震災の様々な側面を知ることができるということもあって、この2つの映画を連続で上映する企画を大泉学園で実施しました。 貢児さんは盲学校の教員をしていて、それ以外に東日本大震災で被災した地域のボランティアに行ったり、福島県南相馬の障害のある人の仕事づくりをしている「南相馬ファクトリー」の缶バッジやボールペンなどの商品を東京で販売するといった活動をしていました。私が上映した「逃げ遅れる人々」や「犬と猫と人間と2」に登場する東北の団体のいくつかが、南相馬ファクトリーで缶バッジを作ってもらっていたというご縁があって、「上映会で缶バッジを販売させてもらえないか」という連絡をもらったのです。 上映会に来た時にはひたすら缶バッジのことしか言わないので、よほど缶バッジが好きな人なんだなというのが第一印象でした(笑)。 その後、何度か会う機会があり、よくよく話をしてみると、被災した地域とのかかわりにしろ、福祉とのかかわりにしろ、共感できるところが多くありました。 例えば、「支援」という言葉はあまり好きではない、といった話が印象に残っています。私も、「被災地支援」とか「障害者の支援」といった言葉は、意識的に使わないようにしていました。支援する側・される側という壁をつくるような気がするから。 あえてそういう話を誰かにすることは少ないのだけれど、自分の中ではこだわりを持っているそういう部分が共通する人と知り合えたのは良かったなあと思っているうちに結婚することになっていたというわけです。婚姻届けは南相馬で出しました。https://minamisoma-factory.com/blog/1674/ 貢児さんの働く盲学校に「つえぽん」というゆるキャラがいます。盲学校の保護者のアイデアでできた「つえぽん」は、点字ブロックの啓発をしたり、視覚障害関係の情報発信をしています。せっかくのかわいいキャラクター「つえぽん」をより多くの人に知っていただこうというクラウドファンディングや、「つえぽん」のSNSも、貢児さんが関わってがんばってきました。https://readyfor.jp/projects/tsuepon ウイズタイムハウスは新しく建物を建てるために資金がかかるので、本当に始めるかどうか、最初は悩んでいたのですが「もともと住まいと地域の居場所を作りたいという思いはあったのだから、チャンスは逃さないほうがいいよ」という貢児さんの言葉に背中を押され、このクラウドファンディングのプロジェクトも「つえぽん」の活動で得た貢児さんのノウハウに支えられてここまでやってきました。 さらに貢児さんはウイズタイムハウスにカーテンレールをつけたり、床の色塗りをしたり、物理的な面でもがんばってくれています。 今日はそんな貢児さんのお誕生日です。皆さん、ぜひ、貢児さんのお祝いで、クラウドファンディングへの応援をよろしくお願いします!(笑)
私は大学では国文学を学んでいたのですが、ハンセン病問題との関わりから、「人とのつながり」を作る仕事をしたいと考え、在学中にヘルパーの資格をとって、2003年に大学を卒業した後はヘルパーをしながら夜間の専門学校で社会福祉士の勉強をしていました。 児童福祉、障害福祉、高齢者福祉…どれもそれを必要とする当事者の姿が見えるのに、「公的扶助」がどうもわからない、と23歳の私は思っていました。「公的扶助」は、生活保護のしくみを学ぶのですが、利用している人はどんな事情で生活保護を受けるに至ったのか、どんなサポートを必要とするのかといった、当事者の話が出てこなかったのです。反貧困ネットワークができたのが2007年ですから、まだ今のように日本における貧困問題が注目されていない時期でした。そんなモヤモヤを感じていたときに、たまたま手に取ったチラシが「あしがらさん」という、路上生活をしている人を追ったドキュメンタリー映画でした。人とのコミュニケーションがうまくとれないまま、長年路上生活をしてきたあしがらさんが、この映像を撮った飯田監督と信頼関係を築くことで他の人からのサポートも受け入れ、住まいを得てデイサービスに通うようになります。そうして人間らしい生活を取り戻す姿を追った作品です。人生において傷ついた人が、人とのつながりで豊かな人生を取り戻していくことができる。生活保護はそのためのツールとして重要なものであると、「あしがらさん」を通じてようやく制度を当事者の視点から見ることができました。とても感銘を受け、通っていた専門学校の文化祭や、大泉学園で「あしがらさん」の上映を企画したこともありました。 (2005年、あしがらさんと) 社会福祉士の資格を取った後、私は一時期、あしがらさんの通うデイサービスで働いたり、その後も時折、路上生活の人を対象とした炊き出しのボランティアに行くといったつながりを持っています。「あしがらさん」にも登場する稲葉剛さんとお仲間が昨年、ウイズタイムハウスがあるのと同じ練馬区内にカフェ「潮の路」をオープンされました。 「潮の路」は、路上生活を経験した人の仕事と居場所、そして地域の人々との交流の場をつくることを目的としています。食べ物は人のつながりを作るきっかけになるもの。ウイズタイムハウスを地域の居場所にしていく方法を模索していた私は、潮の路の方にそれをご相談したところ、潮の路のオープンの際にもお世話になったという中野の「モモガルテン」の嘉山隆司さんをご紹介いただきました。嘉山さんはかつて福祉のケースワークをしていた方。やはり、生活困窮の状態にある方の働く場や居場所を作りたいという思いで、古い家を改装した「モモガルテン」を始められた方です。昨年の初夏の1日、私はモモガルテンのお手伝いをさせていただき、嘉山さんからカフェ運営にあたってのご苦労や工夫のしどころをお聞きしました。温かいお人柄の嘉山さんに色々なお話をお聞きしながら過ごした1日のことは、今でも時々懐かしく思い出しています。今回のプロジェクトには、そんな嘉山さんもご協力くださいました。生活困窮者支援というところでつながりを持った方たちとのつながりも、これからも大切にしながら、ご一緒にできることがあったら嬉しいなと思います。
今回のこのプロジェクトをきっかけに知り合った、瀬戸大作さんがSNSにウイズタイムハウスの紹介を詳しく書いてくださったので、ご本人のご承諾をいただいて掲載します。 瀬戸さんはパルシステム生協職員で、避難の協同センター事務局長、原発事故避難者の個別相談支援と政策提言を続けている方です。 その他、反貧困ネットワーク事務局をはじめとする貧困問題やフードバンク活動、韓国の市民民主主義と社会的協同組合の研究もおこなっていらっしゃいます。 以下、瀬戸さんが書いてくださった文章。 ----------------- 現在住んでいる、練馬区の会いたい人に会いにいった。練馬区大泉学園町4丁目に誰でも集える地域の居場所;共同住宅「ウイズタイムハウス」がオープン、今日は内覧会の最終日なのです。 はじめたのは、加藤木桜子さん。桜子さんは社会福祉士として活動、高齢者介護や生きづらい若者への支援やハンセン病当事者支援にも取り組んできた。パートナーの加藤木貢児さんが面白い。上尾市の障害者自立・就労支援事業所の開設を担いながら盲学校の教員をしている。東北応援キッチンカー移動販売の主宰者でもある凄い方だった。いつ休んでいるのでしょうか、、 「ウイズタイムハウス」を創られたきっかけのひとつが、原発事故の影響で福島県浜通りから東京に避難してきた高齢のご夫婦から、住宅無償供与が終了し、もうすぐ公営住宅を退去しなければならないという相談を受けた。高齢のため、再び福島に戻るのは困難。桜子さんは、そのご夫婦が東京で、安心して暮らせる場を作れたらと思ったのです。今日、私はいちばん最初の入居者である浜通りのおばあちゃんの懐かしい故郷の話、震災発生から避難指示があってたくさんの避難所を彷徨った時の話をひたすら聞いていた。聞き役にしかなれないけれど、おばあちゃんはずっとずっと話をしてくれた。 「生活の中に少しサポートが必要な人が、安心して、自分らしく、楽しく暮らすことのできる新しい形の住まいを作りたい!」と計画したのが、ウイズタイムハウスという共同住宅です。1人になりたいときは1人で過ごし、つながりたいときにはつながれる。時をともに重ねる、そんな空間を目指して、「ウイズタイムハウス」という名前をつけました。(ウイズタイムハウスとは…雨が降ったときの傘のような存在!人生の中で雨が降ってきたとき、少しの助けになる、傘のような存在になりたい)私が注目しているのは一般のグループホームと違い、シェアハウスに住みながら、介護や福祉を必要とする時に自らの選択でサービスを利用していく事にあると思いました。 1階には、居住者だけでなく、さまざまな人が交流できる地域の居場所「ウイズタイム」があります。地域の障害のある人が働いて、共同住宅のお掃除を担当したりカフェを運営します。「高齢」「障害」「こども」を分けがちな既存の制度の枠にはまらない、新たな取り組みの場にしていきます。 同じ区民として応援!早く住居も埋まり経営が早期安定できるように私もできる応援したいと思います。素晴らしい出会いに感謝!
こんにちは、ウイズタイムの木村です。 ウイズタイムは、就労継続支援B型事業という障害福祉サービスの一つで、ウイズタイムハウスの1階を借りて6月からの事業の開始を目指して準備をしています。 私は14年ほど、障害者の自立支援や有料老人ホームの夜勤専門ヘルパーなどの介護に関わりながら、並行して、こどもの遊び場づくりにプレーリーダーとして関わり、介護老人保健施設ではデイケア職員、ケアマネジャーとして働かせていただくなど、「障害」「児童」「高齢」それぞれの分野で仕事をしてきました。 法律や制度は、どうしても対象とする人間によって分かれており、上手くつながっていけないもどかしさを感じ、「くらし」の中で上手に横につなぐ「方法」はないか考えていました。 そんな時、加藤木さんよりウイズタイムハウスの話を伺い、理想とするところは同じだなと共感し、一緒にウイズタイムハウスをつくっていくお手伝いをしたいと思いました。 ・就労継続支援B型事業って何だろう ウイズタイムは「就労継続支援B型事業」という福祉サービスを提供します。このB型事業とは障害を持つ人が「就労」に向けて「訓練」をする場所となっています。「訓練」であり「労働」ではないため、「最低賃金」適用がされません。東京都の平均工賃は、1か月働いて1万5千円程度の工賃となっています。 低すぎる工賃を何とかしようと、東京都の方針として工賃向上をはっきり打ち出し、支払った工賃の額によって事業者が受け取る報酬が増減する仕組みに変わりました。 今後、長く利用している人は高齢化が進み、どうしても作業効率が落ちてしまうことが予想されます。生産性が落ち込むと事業所の工賃が低くなり、そして事業所としての報酬も低くなります。多くの事業所が抱える課題となってきています。 ・「場づくりにつながるモノづくりを」 就労継続支援B型事業所「ウイズタイム」で行う作業は、同じ場所でカカオ豆から板チョコつくりを行うBTB(ビーントゥバー)という方法を取り入れていき、チョコレートを嗜好品として、カカオ豆をスパイスとして、新しい楽しみ方を提案していきます。 また、庭の一部を土のまま残してあり、小さなスペースではありますが、「遊び場」として 活用したいと考えています。 ウイズタイムを利用する人たちが、こどもたちの遊び場づくりを行うなど、地域コミュニティづくりを担う当事者となるような実践をしたい。 障害を持つ人たちと一緒に「場づくり」につながる「モノづくり」に挑戦したい。 今回のクラウドファンディングで行う、「棚づくり」や「みどりのワークショップ」が地域の人やウイズタイムの利用者が一緒に行う、初めてのイベントとなります。 皆さまのご支援、ご協力をお願いします。



