日本最高峰である富士山には,子供からご年配の方まで毎年多くの方が訪れます.たくさんの人が登っているので,「案外簡単に登れるんだ!」と思われがちですが,いざ登ってみると,「想像していたよりもキツい...」と思う方も多いかと思います.実際に富士山に登っていると,疲労や高山病のためか,登山道に横になってる方をよく見かけます(写真).
では,富士登山中に身体にかかる負荷はどれくらいなのでしょうか?
私たちの研究グループでは,歩行中,休憩中,睡眠中などの場面ごとに,心拍数や血圧,体内の酸素量などを測定し,富士登山中に身体にかかる負荷を可視化することで,安全登山に役立てられるような知見を得る取り組みを行っています.
例えば上のグラフは,2名の登山者が同じペースで5合目から山頂まで登った時の,体内の酸素量の変化を示したものです.低地における体内の酸素量は96~99%が標準で,90%未満は呼吸不全と診断されます.富士山のような高所登山の場合,体内の酸素量が少なくなればなるほど,高山病を発症するリスクが高まると言えます.
このグラフから,富士登山中は高度が上がるにつれて休憩中も歩行中も共に,体内の酸素量が90%未満,すなわち低地における呼吸不全のレベルまで減少していることが分かります.またこの2名は同じペースで登っていますが,黒線で示した登山者は,登山前に低酸素室での高所順応トレーニングを行い,なおかつ登山前日には5合目に宿泊をするなど,事前にある程度の高所順応をしています.一方で赤線で示した登山者は,事前の高所順応を行っていません.
両者を比べてみると,休憩中は9.5合目までほとんど差は見られない一方で,歩行中はどの高度においても,黒線の登山者,つまり事前に高所順応をしている登山者の方が値が高く,その差は高度が上がるにつれて顕著であることが分かります.
もちろん高所順応には個人差があり,もともと高所に強い方もいらっしゃいます.しかしこの結果から,富士登山中に高山病になるリスクを減らすためには,事前の高所順応トレーニングが有効であることが窺えます.
今回対象とした黒線の登山者は,事前に低酸素室でのトレーニングを行っていますが,低酸素室でのトレーニングは,実行できる人も限られているかと思います.そのため,富士山に出かける前に,可能であれば2,000m級の山に登っておくと,高所順応のトレーニングにもなり,なおかつ体力トレーニングにもなってよいでしょう.またそれが難しい場合は,登山前日に5合目や6合目に一泊するだけでも,高山病になるリスクを減らせる可能性は高くなると考えられます.