2020/07/08 19:59

皆様こんにちは!

この度は皆様方の暖かいご厚情いただきまして、まずもって御礼申し上げます。本当にありがとうございます。

私は福井市殿下(でんが)地区に住んでいる、堂下雅晴(62歳)と申します。
殿下地区は福井市の中心地から西に約20キロほど、国定公園の越前海岸からは4キロほどに位置する、山間の集落です。

都会の方々から見ると驚くような田舎ですが、朝は鳥のさえずりや小川のせせらぎで目覚め、新緑の山々(もちろん秋には燃えるような紅葉)の中で1日を過ごし、「今日は天気が良いな!」と思えば、車で5分足らずの海岸に行って、美しい夕日を眺める。

そんな暮らしができるところです。

私はこの地で小さな製粉所(株式会社ごーる堂)を営んでいます。

製粉所といってもソバや小麦などではなく、大豆を粉にすることがメインです。

また、その粉から作る、動物性のものを一切使わないアイス(精進アイス)やソフトクリームを開発して製造販売しています(現在はこちらの方がメインになっているかも?)

私がこの殿下地区に戻ってきたのは今から17年前になります。小学校2年生でこの地を離れて以来ですから、Uターンしてきて生活している期間の方が遥かに長くなってしまいました。

私は中学生の時から「水泳」を行なってきました。福井県にいる時はインターハイや国体にも出場していましたが、大学で東京に行くと全国の壁は厚く、選手としては名もなき選手という感じで花が咲きませんでした。

その後スイミングクラブのコーチとして横浜で働き始め、仲間の助けや、環境にも恵まれて本を執筆させていただいたり、NHKのテレビスポーツ教室に6年間携わらさせていただいたり、オリンピック選手の育成にもかかわらせていただき、コーチとしてはまあまあの人生を送らせていただきました。(現在も仕事の合間に小学校の体育の授業などで水泳を教えています)

そんな環境の中、男ばかりの3人兄弟の真ん中という事や、横浜で家庭を持ち2人の娘にも恵まれたこともあり「私は一生横浜に住んで水泳をやってゆくのだろうな」と思っていました。

そんな私がなぜ故郷に戻ってきたか?これを話し始めると、本当に本が書けそうなぐらい長くなるので割愛しますが、兎に角故郷の殿下に戻って、現在のような生活をしています。

私は現在越前海岸盛り上げ隊の事務局長をしていますが、ここに至るきっかけは2011年の「東日本大震災」でした。

特に放射能事故に苦しむ福島の方々をみて「何とか救ってあげられないか」という思いから、4月に「殿下被災者受入委員会」を立ち上げ、その夏には福島の子どもたちやその親73名を殿下地区に招待しました。(その活動は現在も続いています)

福井の自然の中で思いきり遊ぶ福島の子どもたち

初めて福島の子どもたちを招いた時の衝撃は今でも忘れません。(これも割愛しますが)そのときに思ったのは、始める動機は「何とか福島の子どもたちを助けたい!」との思いからの活動でしたが、子どもたちの明るい歓声、溢れる笑顔、無邪気な言動、それらを見て、招待に携わった人たちは本当に癒され、元気と勇気を貰ったのです。

「私たちが助けるはずなのに助けられてる?」

そう思った時、「私たちは助けているだけじゃない、助けられてもいるんだ」という、本当の意味の「絆」という事を知りました。

それ以来地域の活性化に邁進してゆくのですが、そんな折「越前海岸盛り上げ隊」の存在を知ったのでした。

盛り上げ隊のメンバーは本当にユニークな人ばかり。個性あふれるこの集団といると、本当に楽しいことばかりです。

62歳の私は30代~40代が中心のこの隊においては圧倒的に年上で、遠慮されがちな存在ですが、そういうことを全く感じさせない、なんでも吸収してしまうパワーのようなものを感じます。

なぜそんなパワーがあるのか?

それはみんながそれぞれの個性を尊重し、それぞれの特性を、目標達成に向かって発揮させる雰囲気があるからだと思います。その雰囲気を醸し出しているのが「この地が好きだ!この地を何とかしたい!」という全員の思いなのです。

はじめは「この地に人を呼んで商売に繋げよう」という意気込みで、商売をやっている人たちが集まった会でした。

私はその時にはまだ参加していませんでしたが、次第にみんなの動きが「人が集まるというのはどういう事?」「お客さんが増えればそれでいいの?」「人に興味を持ってもらう前に自分達がこの地の事を知ってるの?」「この素晴らしい場所をみんなに知ってもらおう」そんな思いが前面に出てくるようになったと思います。

ですから今では様々な業種の人たちが隊員になっています。それも勧誘などではなく自然に人が集まってきた感じです。現在32業種37名の方が隊員として活動しています。

この6月からは吉本の「住みます芸人」までが協力してくれるようになりました。

そんな中、このクラウドファンディングの話し合いをしているときに誰かがフッと呟いたのです。

「この場所は誰でもが輝ける可能性がある場所なんですよね」と。

そう、越前海岸の魅力は海・山・川・池・空・生き物・食べ物、そういったものはもちろん素晴らしいのですが、「そこに住む、そしてその地を愛する、更にその地を明るくしよう」としている「人」達の存在が、個人の特性を生かして伸び伸びと活動できる場所にしてくれているのです。それがこの越前海岸の魅力なのです。

私は、そういった人たちに囲まれて生活する素晴らしさをできるだけ多くの人たちに知ってもらいたい!!そういう思いをかなえるためにみんなが考えついたクラウドファンディングを是非とも成功させたいと思っています。そしてより多くの人がこの地を訪れ、この地の「人」に触れてもらい、私のように、そうの人たちから「元気」や「勇気」や「やる気」を貰っていただきたいのです。その代わり私たちもそれに負けないぐらいの「気」を皆様から貰います(笑)

その為には、その拠点となる施設の存在が不可欠。

現在「はりいしゃ」のほかにも同様の施設を同時進行で整備しようとしています。どうか皆様方のお力添えをいただいて、私たちの夢を実現させてください。もしそれができれば、私たちと皆様方との新たな「絆」が出来上がります。福島の子どもたちと紡いだ絆が、新しい絆となって更に伸びてゆきます。

私たちや皆様方の子どもや孫が、そんな絆の中で伸び伸びと生活してゆく、そんな未来を夢見ながら、私達は頑張ってゆきますのでどうかご協力のほどよろしくお願いいたします。


最後に

枩田副隊長の「すき」に手を加えて「すてき」になるという言葉の向こうを張って。

私たちの地域は「限界集落」です。そこに「元気」「勇気」「やる気」の「気」を入れて、「げんかいしゅうらく」→「げん気かいしゅらく」→「元気!快集落」になるよう益々精進して行きたいと思います。

最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

この活動報告が気に入ったら、
シェアしてみませんか?