木のお酒を考え始めたきっかけは2014年のバーボン蒸溜所巡りでした。樽に寝かせるのがウイスキーに定められた熟成法ですが、あえて樽を使わず、木の熟成された味わいを楽しみたいと思いました。その後、2015年の鹿沼木のまちツアーで地元の林業に触れて、その際手に入れたヒノキ端材の利用を実験的に始めました。そして2018年、日光市の田村材木店さんを尋ねたのが、仕入れの始まり。田村さんは、「栃木の歴史に日光杉は欠かせないよ!売れ筋じゃなくても続けてほしい!」と励ましてくださり、日光杉のお酒を作り始めました。杉には自生している木と、植樹されたものとあります。植樹は山を作るもので、40年前に植えられた木を今日切って、また新しく植えることを、ずっと繋いでいくのだそう。2020年の新春、田村さんから「桜の木が手に入ったぞ!」とご連絡いただきました。まだ蕾が着く前の、生命力溢れるシーズンの木です。喜んで駆けつける私、桜の端材をいただきました。さらに、素敵なコースターも用意されていました。コースターはお客様に配りましたが、桜の木がありのまま伝わって、手に触れるとしっとりときめく心地でした。今回「栃木をめぐる小瓶・桜アルバム」では一歩進んだアレンジに、ジュニパーの実を加えました。松ヤニや松ぼっくりの香りに近く、森の香りにより近づけたお酒です。限定生産で特別なひとときをお届けします。子供の頃からゆかりのある、日光東照宮のお参り、壮大な山の天気、神聖な滝、美しさと厳しさが同居する、栃木のふるさと日光。宇都宮市から日光市へ向かう際には、道は細いですが小来川地域を通ると、綺麗な小川が流れ、とても美しい景観です。お蕎麦も美味しい。桜アルバムの現地レポートでした。
日光市 の付いた活動報告
10月の晴れた日に日光市足尾へ行って参りました。栃木県で一番大きい日光市は、日光東照宮などの世界文化遺産のほか、温泉や景観の観光資源があります。ちょうど紅葉の始まりで、車の渋滞もありましたが、122号を南へ向かうと、車はスムーズに走り出しました。庚申山碑交差点で122号を離れて右折します。目的地のかじか荘は温泉宿泊施設で、蜂蜜の生産を手掛けています。この山々一帯が足尾の銅山です。10分ほど進むとかじか荘に到着しました。ちょうど皇海山(すかいさん)の登山口になっています。皇海山は百名山のひとつで、栃木県の大粒高級いちご「スカイベリー」の語源になった山です。登ったことはありませんが、山小屋1泊ルートの難易度の高い山です。車を降りると、紅葉をすぐそばに感じられました。標高が高く快晴なので、太陽光は強いですが、空気はひんやりと冷たいです。ご縁は2018年2月、日光市の青年塾が市内で「一日商店」を企画したとき、私は飲食メニューの開発依頼を受けました。そのとき塾生から教わったのが足尾の蜂蜜です。それからずっと使い続けていた足尾の蜂蜜。すっかり昔の事でしたが、小野崎さんは一日商店の話題をしてくれました。さて、かじか荘のかじかとは、銅が景気よくたくさん採れる場所のことです。足尾銅山には明治時代ヨーロッパからの視察団が多く滞在したため、街に洋風文化が発達したのだそう。足尾の奥深い産業遺産と歴史を、ぜひ尋ねてみてください。かじか荘には内風呂と露天風呂があります。一緒になったのは、埼玉や群馬のお客様でした。子供の頃から温泉目当てに通っている人、かじか荘に前泊して登山をした人、「登山者御用達」の施設だと教わりました。お風呂上がりは館内のお食事処で、ちたけうどんをいただきました。栃木県ではおなじみのちたけ。きのこ狩りをしていた祖父を思い出します。とてもふかふかと分厚くて、最高のちたけです。銅山で熟成したチーズは、これから正式に商品化するそうです。楽しみですね。午後は蜂蜜産地の植樹地域へ向かいました。私の目には、アメリカのケンタッキーの風景と重なって見えます。バーボンウイスキーと競馬で有名なケンタッキーは、栃木と同じ北緯なこともあり、植物の形や景色の色付き方も似ています。足尾のおおらかで開けた景観や、渓谷の工場の雰囲気も似ていました。銅山跡と知らずに見れば、煙突に「足尾ウヰスキー Ashio distillery」のペイントをイメージしてしまいます。車で行ける最終地点には、日本最大級の足尾砂防堰堤がありました。美しい滝のように流れています。蜂蜜は採取シーズンではありませんが、植樹をしている山肌が遠くに見えました。山の土は製銅の煙害で栄養をなくしてしまいましたが、アカシアは強く育ちやすいことから、アカシア蜂蜜が始まっていったそうです。『NPO法人 足尾に緑を育てる会』が運営する植樹活動では、「心に木を植える」という清らかな思いと共に、毎年たくさんの人が足尾の山を緑へと還しています。失うのは一瞬でも、再生には本当に時間がかかります。世代を超えた何百年の計画がいま行われています。足尾地域のレポートでした。