今年中に読書社会に本を投じることを決意した十人の人々への手紙
ホイットマンの詩に二者の日本語訳を載せるのは、それぞれが異なった音色を奏でているからである。原文と二つの日本語訳を、ピアノ、ヴァィオリン、チェロのピアノ三重奏として、あるいはヴァィオリン、ビオラ、チェロの弦楽三重奏にして味読するとき、豊饒なる言葉の音楽がそこに広がっていくはずである。
To Old Age
I see in you the estuary that enlarges and spreads itself
grandly as it pours in the great sea.
老齢に
私はあなたの中に大河口を見る、
大海に注ぐ時に厳かに広がりゆく大河口を。
(白鳥省吾訳)
老年に寄せて
わたしには見える、あなたのなかで大海めざしてそそぎこむ河口が壮大に広がり脹らんでいくさまが。
(酒本雅之訳)
The First Dandelion
Simple and fresh and fair from winter’s close emerging,
As if no artifice of fashion, business, politics, had ever been,
Forth from its sunny nook of shelter’d grass—innocent,
golden, calm as the dawn,
The spring’s first dandelion shows its trustful face.
初咲きの蒲公英
冬の終りに咲き出でて清純にして美しく、
流行や事業や政治の技巧が今まで無かったように、
茂れる草の日の照る隅から出て来て
曙のごとあどけなく黄金色の静かさに
春の初咲きの蒲公英はその誠実な顔を現わした。
(白鳥省吾訳)
初咲きのタンポポ
簡素に、ういういしく、冬の幕切れとともに美しく立ち現われ、
流行、実業、政治を産み出すすべての技巧が、まるで夢まぼろしででもあったかのように、陰深い草地のなかの日差し明るい一隅から現われ出て──夜明けのように無垢で、艶やかで、静謐な、
春初咲きのタンポポが信頼しきったその顔を覗かせる。
(酒本雅之訳)
I Hear America Singing
I hear America singing, the varied carols I hear,
Those of mechanics, each one singing his as it should be blithe and strong,
The carpenter singing his as he measures his plank or beam,
The mason singing his as he makes ready for work, or leaves off work,
The boatman singing what belongs to him in his boat, the deckhand singing on the steamboat deck,
The shoemaker singing as he sits on his bench, the hatter singing as he stands,
The wood-cutter’s song, the ploughboy’s on his way in the morning, or noon intermission or at sundown,
The delicious singing of the mother, or of the young wife at work, or of the girl sewing or washing,
Each singing what belongs to him or her and to none else,
The day what belongs to the day – at night the party of young fellows, robust, friendly,
Singing with open mouths their strong melodious songs.
私は亜米利加の歌うを聞く
私は亜米利加の歌うを聞く、種々の頒歌を聞く、
機械職工等は、各自その歌が快活で強くあるべきように自分の歌を歌う
大工は板や梁を計るときに彼の歌を歌う
石工は仕事の用意をする時、仕事を止める時彼の歌を歌う
船人は船の中で彼に属する歌を歌う、水夫は汽船の甲板に歌う
靴屋は彼の仕事台に腰かけて歌い、帽子製造人は起って歌う。
晨の途上に昼休みに日没に、樵夫の歌、耕人の歌、
母親や仕事せる新妻や裁縫と洗濯せる娘の楽しげな歌、
各自は彼や彼女に属するもの、また誰のでもないものを歌う、
昼は昼に属するものを──夜は壮健な睦まじい若者達の一団、
大口で彼等の力強い佳調の歌を歌う。
(白鳥省吾訳)
アメリカの歌声が聞こえる
アメリカの歌声が聞こえる、そのさまざまな賛歌が聞こえる、
工場労働者たちの賛歌が、一人ひとりが自分の歌を思う存分力づよく陽気に歌い、
大工が自分の歌を板や梁の寸法を測りつつ歌い、
石工が自分の歌を仕事の準備にとりかかり、あるいは仕事をしまいつつ歌い、
船頭が自分の世界を船のなかで歌い、水夫が蒸気船の甲板で歌い、
靴屋が台に腰かけて歌い、帽子屋が立ったまま歌う声が、
木樵の歌、朝に、昼の休みにそれとも夕暮れに、行き帰りする農夫の歌が、
仕事に励む母親の、あるいは年若い妻の、あるいは縫い物や洗濯にいそしむ娘の甘美な歌声が、
わたしには聞こえてくる、彼や彼女がそれぞれに自分独自の世界の歌を、
昼が昼の世界を──夜には逞しく気のいい若者たちの一団が、
口を大きくあけて力づよく美しい自分たちの歌を歌っている声が。
(酒本雅之訳)