2017/08/01 22:00
やっと着いた。

ついにたどり着いた。
スペイン国バレンシア。

念願の地に足を踏み入れた時、空は青く陽射しは大スターになったかの様な勢いで、恥ずかしいほど照らし出し迎へてくれた。

「やっと着いた」。
チームの心の声は、3年越しの本場での決勝!→ 皆、気合入ってるし、嬉しいだろうな。
このストーリーでは、この心情が通説だが…。期待を裏切ってしまう。
「やっと着いた」。
チームの心の声は、トランジット2回、長距離バスで5h。→遠い。

この辺りの背景が、私的にはとても好きなのだ。
2016世界大会へは、支援者の皆様のお陰で辿り着く事ができました。
しかし、渡航費用をもっとも抑えるために、時間を使うという手法を使いました。
そして、合宿スタート。

スペインの母「ハルコさん」のアテンドに助けられ、現地での食材と道具の調達を開始。


さすがバレンシア。

パエリャ鍋は大きいものから小さいものまで、市場やホームセンターに当たり前のように売られています。丸鶏はもちろん、ウサギ肉も普通にお肉屋さんのショーケースにおりました。
慣れない買い出しも楽しいもので、本場の空気に触れパエリャを作れる喜びにワクワクと深夜のミーティングでチームの団結力も増していきました。


バレンシア2日目は早朝から、ハルコさんとご主人のミゲールさんを迎えて、パエリャパーティーの予定。
本場の父の味と、伝統のパエリャの空気を学ぶ機会です。
しかし、事件が…。

2日目、早朝。
ゆーき。謎の失踪。

合宿地の駐車場には車の姿はない。
ダイニングには、ゆーきの携帯電話と財布。
タカシとまゆは、朝のバレンシアの清々しい時間を過ごしていたに違いない。
お昼のパエリャパーティーに向け、各自準備をしながら、予定していた朝食の時間を迎える。
ゆーきの姿は、どこにもない。
仕方なく、ゆーき担当の朝食の準備を二人ではじめる事に。

その頃、遥か遠くのスペイン、バレンシアのある街で、パジャマの日本人が失踪していたのである。


所持金ゼロ、連絡手段なし。
あったのは、前日に買ったスーパーのレシートが1枚。
これは、どうしようもない中年日本人が一文無しで世界を旅した壮絶な4時間の物語である。

 

「天気も最高。誰よりも早起きの俺。」
気分は最高だった。今日は念願の伝統のパエリャに触れられる。
準備もバッチリ。
心の余裕ができたのか、彼は前日の出来事を振り返った。

それは、初日のドライブでの事。
2016チームでは、現地での運転をタカシが担当する事になっており、
左ハンドル、ミッションドライブ、右側通行の変化に戸惑う我々は想像通り対応しなくてはならない。
もちろん、タカシの運転技術は折り紙つきである。
ゆーきは助手席でナビをする係。彼はスペインでのドライブ経験もあった。
慣れないタカシに、もう少し端を走れ、スピードですぎなど、事うるさい。
さすがに、空気を読んだまゆが、ゆーきの発言に注意をする機会が何度かあった。

このよくありがちな、車内での出来事。
振り返り反省した彼は、こっそり早朝のドライブ練習を決行したのだ。

「昨日は、タカシにちょっと言い過ぎたかな、まゆにも注意を受けたし…。」
5年ぶりのスペインでの運転。ちょっと練習してみるか。
すぐそこまでだし、朝食まで1時間ある。

エンジンをかけ、スタート。
さすがに、ミッションだし、手は反対だし、難しいな。
こりゃ。タカシもきついわな〜。
やっぱ言い過ぎたな。直ぐに反省は済んだ。


しかし、向上心旺盛な彼は、更なる技術向上に取り組んでいく。

ロータリー(ヨーロッパ式交差点)や縦列駐車も試しておこう。
やはり、行動が安易である。
ロータリー。やっぱり、ちょっと違和感があるな。
もう一回。
当然、合宿地からどんどん離れていく。
もう一回。
当然、合宿地からどんどんどんどん離れていく。
縦列駐車。
ん。やはり、違和感がある。
でも、充分か。
なかなか捨てたもんじゃない。俺。運転そこそこいけてるっ。

チームへの反省を終え、十分に発言できる技術を確信した彼は、
約束の朝食作りを思い出し帰路を目指す。

 

ここを右。で左で、まっすぐで右。
全然、つかない。
ああっ。ここ左だったな。
全然つかない。
つかない。
着く訳がない。
完全に、ひとりぼっち。
電話がない。
金もない。
ガソリンもあまりない。
誰も歩いてない。
靴下も履いてない。
水もない。
ない。
ない。
ない。

なーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい。
運転席を降り、ドアは開いたまま。
世界の片隅で、無限の開放感。
もう俺は自由だ。
あの、窮屈で忙しい、日本での生活。
お店の経営や、将来への不安。
全てから解放された。
俺は自由だ。
フリーダム。

それは、最高に解放的な最悪の不自由であった。
雨のないショーシャンク。
壁のないベルリン。
行かなくても良い参勤交代。

 

ないものないのである。
手にした自由は不自由であることだけが事実。
収穫はとてつもなく期待はずれな産物だった。

ダッシュボード奥から、一枚のレシートと、ガムの包み紙。
カラフルなスペイン語の観光リーフレット。
紙を三種類手に入れた彼は。紙と対話する。
神は紙で、紙は神なのだ。
レシートには、スーパーのロゴ。見覚えがあるロゴだった。
前日に、パエリャの買出しに行ったお店のレシートだった。

日頃から、スタッフに領収書を貰うように徹底していた積み重ねが、
ここに開花したのである。
店舗の経営には、収支明朗が鉄則。
自販機は使うな。
だって、レシートが出ないだろ。
その通りである。
買ったら貰え、領収書。
コレが彼の鉄則。
この日々の積み重ねがここ、スペインで実ったのである。


神なる紙を握りしめ、やっと早朝のウォーキングの伯父さんに遭遇。
第一コンタクトを決行した。

初めに言っておくが、彼の語学は、子供である。
スペイン語、英語、日本語全てが子供である。


よく、スペイン旅行冊子に、スペインでは道を聞くな。とあるが
当にその通り、皆が皆、言うことが違う。
正直な彼は、神なる紙を見せ。
素直に車を走らせた。

第10コンタクトを超えた頃、気がついた。
この見覚えがあるレシートのロゴは、大手のスーパーマーケットのロゴで、
あちこちに店舗を構えている。
10人に聞けば、各々利用している店舗を教えてくれていたのだ。
さすがに途方にくれた彼は、ある駅前のバルに車を寄せ、無一文でお店に向かった。
時刻は9:30位。ちらほら地元の男性がバルに集まってきていた。

恐る恐る店のマスターらしき男性に話しかける。

「私は、日本人。パエリャの大会にここに来た。宿に戻れず困っていて、お金は持っていない。持っているのはこの紙だけ。ここに行きたい。」


まるで、少年の頃に逢った宇宙人そのものである。
言葉は伝わらなかったが、持ち前の顔芸でさすがのマスターを同情さすことに成功した。
しかし、マスターはオーダーをこなさなくてはならなず、常連らしき大男に私は預けられた。
大男は、洋服から刺青がたっぷりはみ出していて、髪はとても節約していて見当たらなかった。
私を見る目はとても優しく、何も言わずとも頷いて席を立ち店の外へリードを始めた。
「あれれ…?連れてかれる?」
階級が違いすぎて話にならないよ vs もしかして帰れるのか


二者択一の選択。
答えは、アミーゴ -tomodachi- 。
店の常連の刺青のはみ出した、スキン頭の大男は、行きつけのマスターと私の話を聞き耳をたて理解してくれていたのである。
世界どこに行けども、店の常連の常連たる素質は共通であり、客とマスターとの有償関係でありながらの深いつながりをとても嬉しく思う。今である。
アミーゴは、私の半歩先を剥き出しの頭で進んでいき、大きな体の大きな右腕で遠方指差した。
それはまるで、二日前にバルセロナで見た、コロンブスの銅像の有様そのもの。
つまり、進むべき方向は理解できたのである。

この後は、刺青大盛り頭皮のアミーゴは詳しく道を教えてくれる訳だが、
彼と私の英語は仲良しレベルで、”線路の下をくぐって向こうに。”がとても充実したやり取りになったのを覚えている。

改めて。アミーゴ。ありがとう。

やや苦戦をしたが、目的のスーパーにたどり着いた私。


ここまでで、3時間の浮遊旅行。
しかし、ここから宿への道順は皆無。下手に動けば再び遭難するのが肝である。
私は考えた。ここでずーと。キャンプからまゆとタカシが来るのを待とう。
ハルコさんとミゲールさんが通るのを待とう。
待ってみよう!そうしよう!。
ずっと待つのを決めた私は、45秒後に待つのをやめていた。
待つのは嫌いだったのである。

 

幸運な事に、スーパーの横にバルがあり、そこに身を寄せることを思い立った。
私は、未だ無一文である。
バルのテラス席に若いカップルが朝食をとっていた。
欧州的綺麗め女性と、刈り上げ青年の二人である。
私は、女性の方に顔芸を使い話しかけた。


「私は、日本人。パエリャの大会にここに来た。宿に戻れず困っていて、お金は持っていない。ここに行きたい。スマホを少し貸して欲しい。」


全く、失礼な迷い犬である。
見ず知らずのアジア人にスマホを触らせることなど到底不可能であるが、渋った刈り上げ君に欧州ギャルが貸してあげなと言ってくれたのである。
エキセントリックでファンタスティックな出来事が、ここに成立した瞬間。
刈り上げ君は紳士で、スマホの言語に日本語をダウンロードしてくれたのである。


うる覚えのFBアカウントに接続し、キャンプ地のまゆにメッセージを送る。


「俺。昨日のスーパー。助けて。ごめん。」


返事を待つまでの時間は、刈り上げ君にはない。
お礼をしたかったが、無一文・パジャマの私は、深く早く連続でお辞儀をするしかなかった。

そして、30分間。色んなことを考えた。
空気をよく噛むと、酸素と窒素と何かに分けれるのか?
とか…。
中学のクラスで同じ苗字である生徒と「W〇〇」と括られ指示を受けたこと。
とか…。
ミックジャガーの口はやっぱ大きいな…。
とか…。
暑いな〜。
とか…。
死んだ昔の飼ってた犬のこと。
とか…。

タカシの姿が、笑顔ともに現れた。


私は、この広い地球で、救出されたのである。
そこからの記憶は全くないが。
その時の、タカシも坊主頭で、頭皮のアミーゴと似ていた。
頭皮と坊主は違うのだけれど、
紙は神で、髪はほぼないという事実を私は経験したのである。