数日前のこと、業界の先輩がわざわざ支援金を持参してくれました。その時一緒に立派な蓮の花と料理用の蓮の葉を持ってきてくれました。その日の早朝に先輩が旧知の「はす園」に行って取って来てくれたものです。(有難いことです。)早速、花は玄関のつくばいに活け、葉は料理の会式に使わせて頂いております。松江市内にそのように素敵な蓮畑があることを初めて知りました!!これもまた今回のプロジェクトを始めたればこその大きな収穫の一つとなりました。 さて、お陰さまで、現時点で60名の皆様から2,266,500円のご支援を頂き、目標額500万円に対しての達成率は45%という段階です。このプロジェクトを知ったお客様や友人知人親戚の皆様から温かいご支援を頂いておりますことに心底より感謝申し上げます。そして、リターン品の準備も着々と進んでおります。‥ただ、オリンピックの影響でしょうか?45日間のクラウドファンディング受付期間の中頃から少しペースダウンしてしまいました。日本全国の皆様に向けての告知が足りないのか、地域外の皆様からの反応があまりございません。 そのような中、先日、地元新聞社の取材を受けました。この度のプロジェクトの趣旨をご理解いただき、近々記事として紙面に掲載されます。これにより、より多くの皆様のお目に留まれば幸いであります。いずれにせよ、あと3週間(21日)と期限までの日数も少なくなってきております。皆さま方のご支援の輪が一層広がりますよう今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
松江市内にも明治時代より続く料亭がいくつもありました。その中のでも、宍道湖畔に佇む 松崎水亭・臨水亭・山田水亭・魚一水亭を四水亭と呼びました。明治41年当時の有名料理屋として資料にあるのは、臨水亭(末次本町 湖畔 眺望佳絶)松崎水亭(末次町 湖畔 眺望佳絶)松崎水亭は明治6年創業。現在の市役所裏、旧婦人会館の場所あたり。望湖楼(天神町 宍道湖岸)一文字屋(殿町 閑静)明治34年創業となっているが、それより先に始まったと言われている。 花月楼(殿町)山田水亭(新材木町 現東本町3丁目大橋河畔 )魚一水亭(吉村) (白潟魚町)錦海楼(末次本町 鰻料理)古くから市内にあった松崎水亭(玉造温泉・松の湯)山田水亭(玉造温泉・暢神亭‥廃業)、一文字屋(弁当・総菜製造)などの料亭は戦後には次々と旅館業や他業種に変わり、また、他は姿を消したりしました。臨水亭も今わなく、そして、一世を風靡した「松江くらぶ」も90年の歴史を閉じたため、料亭としての佇まいを今に残して営業しているのは殿町旧蓬莱荘に場所を移した魚一(蓬莱吉日庵)のみとなってしまいました。
お陰さまで只今まで42名の善意の支援者の皆様から1.251.500円のご支援を頂き、ご支援の輪が広まってお心より感謝申し上げます。早いもので7月も今日で折返し、後半へと入ります。そして、弊社のクラウドファンディングの期限まで31日となりました。そのような中、弊社のCF(クラウドファンディング)プロジェクトを実施させて頂いている運営会社CAMPFIREに広告掲載の申込みをしておりましたが、審査が通ったとの連絡が入りました。CF最終日まで残り30日となる節目の明日、7/16 10:00から7/23 9:59頃までの間、CAMPFIREのトップページに広告が掲載されることになり、日本中の多くの方々に弊社のプロジェクトを知っていただけるようになります。目標達成に向かって更なるご支援の輪が広まりますことを切に願うところでございます。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
7月1日にクラウドファンディングを公開してから早いもので14日目に入りました。お陰さまでこれまで35名の皆様から善意のご支援を頂いております。心より感謝を申し上げます。また、友人からは支援金のみならずチラシ作成の支援もしてもらっております。現状の達成率は22%(1,131,500円)、弊社のクラウドファンディング・プロジェクトの終了期日まではあと33日です。まだまだ33日もある、のか、あと33日しかない、のか。達成までの道のりは続きます。これからも多くの皆様のご支援ご協力を何卒よろしくお願い申し上げます。