こんにちは。NPO法人Reジョブ大阪の代表理事、言語聴覚士の西村紀子です。
私がもっとも尊敬している先生は
いくら指の筋肉を鍛えてもピアノは弾けるようにならない
ピアノが弾きたければ、ピアノに向かって、ピアノを弾くしかない
と、言っています。めっちゃ名言!
もうひとつ、こちらもご紹介
良くなったから社会に戻るのではなく、社会に戻ったから良くなる
これは、橋本圭司先生が、論文に書かれている言葉です。
この二つは、高次脳機能障害や失語症の人の社会復帰支援における、私のポリシーです。
私は、大変な患者さん、重度の失語症と高次脳機能障害(麻痺なし)の患者さんを担当したことがあります。いやいや……ほんとに大変でした。入院してから数日は、スマホと間違えて、髭剃りを持ってもってうろうろ。一日中、「なんやろ、なんやろ」とぶつぶつ言いながら病室内をうろうろ。
自分がどこにいるのか、なぜ、いま自分がここにいるのか全くわからず、混乱の極み。言語のリハどころではありませんでした。それでもリハ病院を退院後、1年半はリハを継続し、その後、配置転換で復職できました。そのあともずーっと、職場訪問をするなど、私も関わっていました。いや、仕事をさせてくれた職場に感謝ですが。落ち着いたところで、リハ終了。私も職場を変わり、連絡が途絶えてました。
数年後、お会いしたら、かなり状態が良くなっていて、びっくりしました。一時期、上司が変わって少し問題が生じたようで、その時は、この障害の説明の文章を私が書いたのですが、「あ、そういうことですか」と職場の理解を得られ、また落ち着いたようです。
この方の数年にわたる関わりが、私の原点でもあります。
仕事というものは、非常に複合的な脳機能を必要とするので、その仕事、またはそれに準じたものをすることでしか、改善できないものがあるのです。でも、これまで通りには、ほとんどの人ができません。それでも、それまでの人生の延長線に、復帰の道筋をつけるのがとてもとても大事なこと。
とくにキャリア形成したあと、長年、その仕事をしてきた人、そういう分野に関しては、いわゆる学術的な脳機能の解説ではわからない、パフォーマンスがみられるものです。
例えば
すごーく重度の失語症で、「鉛筆」「スリッパ」などの言葉もわかなくても「日経平均」「ドル相場」は、瞬時にわかる証券マン
折り方の本をみても全く折り紙が折れないのに、本の企画書は書けてしまった文筆家(鈴木大介さんです)
本来、失語症であれば数字の言い間違いが多いはずのなのに、数字だけは間違わない営業部長
記憶障害が重度で、常に奥さんが付き添っているくらいなのに、仕入れから、仕込み作業は一人でできた、すし職人(でも、注文の聞き忘れは多かった)
このように、職場にもどったすぐは、確かに大変でも、それなりに、ゆるく、ゆるく、改善していった人をたくさん見てきました。
反対に、認知機能としてはそんなに高度なものを求められない仕事であっても、うまくいかなかった人もたくさんいます。それは、慣れない、やったことがないことに従事した場合、または環境が激変してしまったとか、そんな場合が多いです。
だから、テストなどの一面だけで評価して
このIQならこの仕事、施設での訓練内容はこれ、など定型の支援では、本人の持てる能力を発揮できないと考えています。
そして、いくら、机上やリハビリ室で「脳機能」のリハビリをしたとしても、それは下支えにはなるかもしれないけど、ゴールへの到達には不十分。
バスケットで言えば、コートの外でストレッチしたり、筋トレしたり、同じ位置でドリブルを練習するようなもの。いきなりコートでゲームするのは無謀ですが、でも、コートの外にいたら、いつまでもうまくならないですよね。
ここ、ほんとにボタンを掛け違えている支援が多いのではないかと、ずっと思っているのです。
だから、今回のプロジェクトでは、「当事者のインタビュー」にこだわりました。それも、職種や職歴にわけて調査していきます。
こういう仕事なら、こういう認知機能が必要なのね、こういうことが困るのね、こうしたら乗り越えていけるのね。
そんな経験知、実践知を積み重ねて、多くの脳損傷者が、社会で働ける知恵を積みあげていきたいと思っています。
ピアノが弾きたければ、ピアノに向かえ
初めはうまく弾けないかもしれない、それでもコツをつかんで少しずつうまくなる。
周囲もそれを見守ってほしいのです。
NPO法人Reジョブ大阪 西村紀子