Shima Labo Yoronコミュニティーでは、オンラインを活用して「地域の困りごとをお手伝い」する活動を行っていきます。そこで今回は、実際に地域の方々にお話を伺ってきましたので、その内容をインタビュー形式でお届け致します!本日お話を伺ったのは、民宿『星砂荘』の永井新孝さんです。民宿『星砂荘』は、今年で48年目になる老舗の民宿で、永井さんは2代目として多くの方々に愛されるおもてなしや空間作りをされてきました。さらに、ヨロン島観光協会の会長として与論島の観光を盛り上げる施策にもご尽力されています。▲永井さんと星砂荘からお届けします!Shima Hotel=S永井さん=永〜Shima Labo Yoronの活動内容についての前置きを終え〜永:今聞いた感じだと、私が期待したいことが1つありますね。その1つとは、『お客様目線での発信』に力を貸して欲しいということです。S : 『お客様目線での発信』ですか?永 : そう。今は昔と違って、とにかく自分たちから情報を発信していかないとお客さんに選んでもらえないと感じていて。そんな中、お客さんにとってどういった情報が必要かと考えながら発信してはいますが、無意識のうちに事業者目線での情報発信になってしまっているのではないか。そう思っているんです。S : なるほど。確かに私たちも、与論島での生活に慣れてきて、観光の時に感じたことが薄れている気がします。永 : ずっと島の中にいると気づかなくなってしまいがちですが、お客さんにとって【本当に必要な情報】や【魅力的に感じる見せ方】を発信し続けるためには、第三者目線での意見が必要な時が多々あります。Shima Labo Yoronに参加してくれる方々の協力で、これらの改善に繋げられるとすごくありがたいですね。S : これはこの活動にとってもやりがいのある取り組みになりそうですね!すごく貴重なご意見をありがとうございます。永 : 他にはなんだろうなぁ、、、あ!最近星砂荘の裏の芝生スペースで何かできないかなぁーって考えてて。ここでの良い活用アイデアがあったら参考にしますので教えてください(笑)S : え!このスペースですか!?めっちゃ広い!あっちに海も見える!!以前は壁面投影で屋外シアターのイベントも行ったことがあるというスペース。もしかしたらここで面白いアイデアを試せるかもしれないですね!(詳細はオンラインコミュニティで)▲永井さんと大きなハイビスカス。貴重なお話ありがとうございました!Shima Labo Yoronオンラインコミュニティでは、このように島民の方々から頂いたご意見を基に、地域と繋がり地域と創る新たな価値創造に貢献していきます!第二弾もお楽しみに!Shima HotelYusuke & Mai
みなさんこんばんは!Shima Hotelの能塚勇輔です。「与論島に若者の活動拠点を作りたい」最初は漠然とした想像から始まった本プロジェクトも、試行錯誤を繰り返しながら、なんとか皆様に私たちの想いを届けられるカタチになり、公開することができました。そして公開してからまだ日は浅いですが、本プロジェクトに温かいご支援・声援を賜り、大変嬉しく思っております。こちらの活動報告では、プロジェクトページで伝えきれなかった内容をお伝えしたいと思っております。今回は、『私たちの自己紹介』です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー僕は4年前、部活動に明け暮れた大学4年間を過ごし、将来について深く考えないまま成り行きで就職活動をしていました。自分のものさしを持てずにいた僕は、「給料の良さ」から、大手の専門商社に就職しました。歴史と伝統ある会社ではあるものの、日々の業務の効率性や職場環境に疑問を感じる機会が多く、自分の将来が楽しみでなくなってしまったことから、半年という短期間で退職を申し出ました。その後、沖縄にいる父親の事業に興味を持ち、何かを学ぶきっかけにしようと飛び込みました。そこでは、ゲストハウスやカフェの新規開業の手伝いをしました。自営業に初めて触れたのはこの時でした。大きな金額を動かす企業ではなく、小さなお店を動かす人。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、少なくとも僕が見た現実では、前者は多くの人が楽しくなさそうで、後者は生き生きとしていました。この時、社会に出るまで知らなかった選択肢に希望を感じました。そして、自分ならこんな場所を作りたい、資金は無くても空き家を改装したら実現できる、などアイデアが湧いてくるようになり、アイデアを実現するための修行を積みに、リノベーションでの場作りを得意とする会社に転職をしました。転職先で1年半勤務した後、与論島の空き店舗で事業を始めないかと父から連絡をもらい、Shima Hotelオープンに向けて動き出しました。今、Shima Hotelを運営できているのは、4年前、「死ぬ時に後悔したくない」と多くの人の反対を振り切って会社を辞め、沖縄に飛んだからでした。振り返ると、会社を辞めた僕の受け皿となってくれた父親の事業が、今に繋がる1歩目でした。同級生の数人からも、会社を辞めたいという連絡が来るほどなので、現状に全く不満がないという人はそれほど多くないと思います。そんな人たちが、挑戦の1歩目を踏み出しやすいような環境を作りたいと思っています。(僕のように、会社を辞めてから選択肢を探しても、希望する環境に辿り着くのはかなり難しいと思います。そのため、在職中の休暇を利用して挑戦できるようなイベントを構想しています。)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー初めまして、山本真衣です。 私は、学生時代からワーキングホリデー(オーストラリア)や海外インターンシップ(ベトナム)に参加したり、社会人になってからも毎年のように海外旅行に行くなど、海外の雰囲気がとても好きです。それに加えて、私はとにかく人と関わっている時間が好きで、旅仲間や同期、学生時代の友人、シェアハウス仲間など、充実したコミュニティに恵まれ、友達作りに苦労をしたことは記憶にないほどでした。▲オーストラリア留学時代にできた友人たちを訪ねに卒業旅行でコロンビアへ行った時の写真東京から与論島に移住した時も、いろんな人とすぐ関わっていけると自信がありました。しかし、コミュニティを切り開いて行くのにどこに行けば良いかわからず、一緒に何かをしたり、定期的に会ったりする仲間を見つけるまでにずいぶん時間を要しました。さらにコロナのタイミングと重なってしまったため、より人と接触する機会が限られてしまいました。見ず知らずの土地で人と会うことすらできない、そんな極限の切り離された環境にきて、今まで当たり前だった環境は、繋がれる場所を誰かが創ってくれていたんだということに気付きました。だから私は、この地域の人や、似た想い・境遇(価値観)の人と繋がれるコミュニティをこれから創っていきたいと思っています。そうすることで、島に馴染むまでの時間が少しでも早く、孤独な時間は少しでも短くなればいいなと思っています。▲地域の方々との繋がりが、お客様への新たな価値を生み出してきています!今どうしようか迷っている方に向けて、もう一つの話をしたいと思います。私は勇輔とは対称的で、一つのことに没頭するよりも、いろんなことに興味をもち、学生時代は習い事や部活動、アルバイトなどでも様々な分野をやってきました。何が繋がっているのかわからないけれど、その時々できっと何かに繋がる気がするワクワクする方を選んできました。今、ここに来たことも、一つの選択です。前職はHR分野のIT企業で営業職をしており充実した日々を送っていたので、まさか与論島で宿を経営するとは予想していませんでした。勇輔から、与論島の空き店舗を活かすという話を聞いた時、これから0→1という過程を一緒に創っていけるところにワクワクして、移住してこの事業をする選択をしました。ただ、これまでの経験が自信を失う原因になっていることもありました。初めは、自分のスキルに自信が持てず、不安になったり悩むこともありましたが、宿という事業を行っていくために必要なスキルは、実践することで身に付いていきました。そして、やっていくうちに、これまでの過程が活きていると感じることも多々あります。つまり、何か抜きん出てスキルがあることはもちろん自信になりますが、それが「ない=役に立たない」とは違います。ここで実践しながら培っていけばいい、自己ベストを更新し続けていくと、誰かの役に立ったり、誰かの喜びに繋がっていきます。これからシーズン問わず何度も訪れたくなる島を創っていくことにワクワクを感じている方!今何か特殊な技を持っていても持っていなくても、ここは地域との繋がりをもちながら、何が育つかわからない種をまいて、それを自由に育てていける実験の場でありたいと願っています。Shima Labo Yoronコミュニティーでお待ちしています!Mai