…これでやっと終わった。辛かった。でも自分に危害を加えようとする力が働
いた時の対処と解決方法を学んだ。花南にもお礼しなければ。何にしよう。そ
うだ。花南はスーツを持っていない。何時も遠慮がちの花南を強引にでも連れ
出して黒のスーツ一式を買い揃えよう。靴も大切だ。花南は社会人だ。ローフ
ァーとスニーカーでは恥ずかしい思いをする。黒のローヒールが在れば葬祭も
困らない。よ~し。こうなったら頭のテッペンから足先までだ。後ろを刈り上
げたベリーショートにする。行きつけの美容院に連れて行って刈り上げる。花
南が嫌がっても刈り上げる。何時もひっつめのポニーテールでは花南のポテン
シャルが活かされない。きっと似合う。だったら私も刈り上げる。二人揃って
のベリーショート。みんな驚くだろうなぁ。それから美味しいものを食べる。
フランス料理は止める。肩の凝らないステーキかイタリア料理のヴァイキング
が二人に合っている。そしてスィーツ。嫌なことの後は楽しくて当然…
美子は躊躇う花南を無視して馴染みの美容師に「二人とも後ろをバッチリ刈
り上げたベリーショートにして下さい。前髪は七三で」と頼んだ。
花南が最初。
観念したのか花南は眼を瞑ってセットチェアに座っている。
「花南。大丈夫。絶対似合うから」
「二人とも刈り上げベリーショートとは驚いた。二人とも似合うはず…」
二十五歳位の男性美容師が美子にウィンク。
美子は眼を閉じ緊張している花南に今夜の食事を提案した。
しばし考えていた花南が眼を開いた。
「今夜は無理だけど早川瑞希さんと三人で食事会はどう…。きっと楽しいと思
うんだ。金曜日はどう…。美子を瑞希さんに紹介できるし食事も。一石二鳥っ
て云うやつ。美子には一杯お金を使わせたから今夜は軽くワリカンでさ」
「あんたに気を遣わせて遠慮されたら私が面白くない。絶対に奢る」
「分かった。美子は言い出したら聞かないから美子に甘える。ちょっと甘え過
ぎだな。でもありがとう。葬祭用の黒のスーツは必需品。ローヒールもね。美
子が選んでくれたスーツは大学生のリクルートスーツみたいだった。デザイン
にオバさん感が全然なかった。ちょっとした時にも着られる」
花南のカットが終わった。助手がシャンプーの準備を始めた。
今度は美子。セミロングのストレートとお別れ。
髪を切ると気分が変わる。まして今回は花南と一緒。
花南はドライヤーで髪を乾かしている。
「美子。食事会の場所はわたしに決めさせて…」
「構わないよ」
「一度瑞希さんに連れられて行ったイタリアンのバイキングはどう…」
「私もイタリアンを考えていた。それで良い」
「円山公園駅の傍にあるんだ」
美容師が手鏡をかざして刈り上げた美子の後ろを示した。
美子はセットチェアの正面に据えられた鏡を観た。
…似合っていた。花南も自分のポテンシャルを開花させている…
「二人で並んで街を歩いたらみんな振り返る。甲乙つけがたしだ」
美容師が嬉しそうに人を見比べた。
美子も花南も上気したまま眼を合わせ満足。
■4/12にリターンを見直しました。活動報告の4/12を開いて下さい。