美子が書店から本を抱えて出ると一人の女から不意に声を掛けられた。
女は美子を見定めるとまっしぐらに近づいた。
「少しお時間を頂戴しても宜しいでしょうか」
「えっ。なんでしょう…」
薄化粧の女は白のタイトのミニ。同じく白のパーカー。ロングブーツも白。
髪はアップ。ストッキングはラメが入った厚手。まるでキャンペーンガール。
右手にボールペン。左手にはB5の用紙とバインダー。
「女子高生にアンケートをお願いしているのですが…」
「貴女は…」
「バイトなんです。大学生です」
「そう。私に何を聞きたいの…」
「アンケートはこれです。各項目にチェックを入れて欲しいんです」
バイトは美子にバインダーに挟んだアンケートを差し出した。
差し出すタイミングが素早くそれにつられて美子はB5の用紙を受け取った。
※このアンケートは札幌の女子高生の意識調査を目的としています。答えたく
なければスルーして下さい。ご協力頂いた方には御礼として粗品を…。
①貴女は札幌の女子高生ですか…。
□はい □いいえ
②『はい』と答えた方のみの設問です。
□高一
□高二
□高三
③パパ活サイトを開いたことがありますか…。
□はい □いいえ
④パパ活に興味がありますか…。
□はい □いいえ
⑤パパ活している友達を知っていますか…。
□はい □いいえ
⑥Lineを使っていますか…。
□はい □いいえ
⑦ツイッターを開設していますか…。
□はい □いいえ
⑧援交している友達を知っていますか…。
□はい □いいえ
⑨最後に援交をどう思いますか…。口頭で構いません。お願いします。
美子は①⑥⑦に『はい』にチェックを入れ他は『いいえ』。②は『高一』。
バインダーごとアンケート用紙をバイトに返した。
バイトは受け取ると封筒を美子に渡した。
「ご協力。ありがとうございます。図書券です。使って下さい」
美子が封筒を手に立ち去ろうとすると「援交をどう思いますか」。
「痴漢されて誰も助けてくれない。駅に停まるまで地下鉄の電車の中で何も言
えず我慢する。叫べずにジッと我慢する。そんな体験を持つ女子高生は多い。
同じ痴漢されるならお金をもらって痴漢させた方が良い。あとくされが無い」
美子はむしゃくしゃしていた。
本の表紙と自分の顔の類似を発見してから気分は悪化の一途。
美子が「あとくされが無い」を言い終えると女は眼を丸くした。
「なんか。凄~い。こんな言い方の女子高生は初めて。この主張にワタシも同
感。貴女とトモダチに成りたい。どう。ダメかな…」
「トモダチって。どんなトモダチなのさ」
「そう言われても直ぐには答えられない。ワタシは貴女と一杯お話ししたい。
そこからトモダチになれたらイイなぁ~と思っただけ」
女はバインダーの裏側に挟んだ名刺を美子に渡した。
『(株)Cosmos企画
事業部 美上 瀬里奈 』
女はバイトでは無かった。
名刺にはLineのIDとメルアドが記されていた。
「コスモ企画はパパ活サイトの運営会社なの。気が向いたら連絡下さい」
「分かった」
美子は女に会釈して離れた。
封筒の中には千円の図書券が入っていた。
「あんなアンケートを何に使うのだろう。お金を使ってまで…」
パパ活サイトの手先になっている女子大生も居るんだ。本当に女子大生なん
だろうか。何を目的にしているのだろう。お金かな。でもお金だけでは無さそ
う。何やら活き活きしていて楽しそうにしている。パパ活サイトの運営は楽し
いのだろうか。そもそもパパ活ってパパをゲットするのが目的。そのサイトに
お金を払うのは男。目的を達成する男が居なければサイトは消滅する。違うか
も知れない。男の目的と女の目的が一致しているからこそお金が発生するのだ。
と云うことは低額でも女からも登録料として徴収しているのかも知れない。だ
ったらWin Winが成立する。結構稼げるのがパパ活サイトなのかも知れない。
ネットの週刊誌の広告で三人の男をパパにしている女子大生の手記が載ってい
た。パパ活の成功者だった。オチが付いていた。女は三人の男の名前をうっか
り間違って言ってしまい一人のパパを怒らせた。弁明も虚しくパパを一人喪っ
た。以来その女はパパを二人に決めたそうだ。笑えた。何が楽しいのか聞いて
みたいものだ。可笑しな世界に足を突っ込んで楽しんでいる女も居る。
美子は二〇メートルほど歩みを進めた時に振り返った。
女は既に姿を消していた。
…変なの。私一人だけのアンケートだったみたい…
美子は女の名刺のLineのIDを見つめた。
IDを警戒することなく私に示すなんて本当にトモダチに成りたいのかも。
美子は女をパパラッチと呼ぶことにした。
そう。
美子一人だけの為のアンケート。
美子に接触するのが目的のアンケート。
地下街の巨大な円柱の陰に美子を隠し撮りした男が隠れていた。
女は男に結果を報告。
女を使った目的は美子のLineのID或いはメルアドを知る手始め。
…私は夢中になれるものを見つけなければ陽大に憑りつかれたまま。恋に恋し
ていると疎まれる。陽大を私に魅きつけないとダメ。「陽大。どう。私って素
敵でしょう」と言わずとも伝えなければ…。それには輝ける夢中が必須。でも
それだけで無いような気もする。夢中が必須なのは当然でも欠けているものが
在りそう。輝やいているのも魅力のひとつ。男を魅き寄せるのはナニ…。大人
の女なら色気が欠かせないはず。私は男を魅き寄せたいのでは無い。陽大を魅
きつけたいのだ。女として足りないものが多いのは分かっている。色っぽくて
科を作る女子高生も居るけれど女子には不人気。「いやらしい」「何時も男の
眼線を意識している」「チャンスが在れば、いいえ、チャンスを作ってでも男
を誘惑しようとしている」などなど。こう言う女子は科を作れない。色っぽく
も無い。私も科を作れない。試したこと無し…
パパラッチは科を作るのが上手そう。男を誘惑して楽しく過ごしていると思
ってしまう。私の身近に居ないタイプ。男を魅きつける方法を一度聞いてみた
いものだ。その中に陽大に当てはまりそうなモノが在るかも知れない。
翌日。美子は手帳に挟んだパパラッチの名刺を取り出した。
Lineが繋がった。
『色々と聞きたいことが在ってLineに繋げました』
直ぐに返事が来た。
■『(下)犯罪者』の抜粋はこれで終了です。予定の10回が延びてしま
いました。区切りが良い処を探している内に長くなりました。美子の
恋患いは深まり激しくなってゆきます。その様子は本編を読むと明瞭
になります。
■明日からは日本とスペインの繋がりを表す『アンダルシアの木洩れ日』
の抜粋を届けます。楽しみにして下さい。計15回を予定しています。