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小説好きのあなたに近未来を届けます。

お届けする作品は『未来探検隊』の他三つです。四作品とも未発表。何れもワープロ原稿をワードの添付メールで送信。僕に送り先のメルアドが届き次第、直ちに送ります。スマホや他の携帯には送れても容量が大き過ぎて開けません。パソコンは大丈夫。ワードで圧縮せずに送るので今までの経験では問題なしでした。

現在の支援総額

18,000

1%

目標金額は1,000,000円

支援者数

4

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2021/04/05に募集を開始し、 4人の支援により 18,000円の資金を集め、 2021/06/04に募集を終了しました

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 四日は軽音楽部の「音出し」。

 メンバーが冬休みに入ってから創った曲を持ち寄ってのお披露目。

 昨夜、海彦は部長に「創れなかった」と携帯で伝え、マリアの参加の同意を得た。

 軽音楽部の練習場は音楽教室。此処は防音の造り。緩やかな傾斜の階段教室。小さなス

テージにはグランドピアノが置かれ、アンプ・スピーカー・ミキサー・マイク・ドラムが

常設されている。普段は施錠され、鍵は部長に託されていた。エアコンは無かった。代わ

りに煙突付きの大きな灯油ストーブが在った。仙台の冬の備え。それが焚かれていた。

 部員は二十五名。女子は十五名。女子のほとんどがボーカル。全員が合唱部にも所属し

ていた。女子で楽器を扱えるのは八名。キーボードとドラム以外のパーカッション。

 部の決まりは無い。週二日の練習日に集まり、思い切り音を出して唄う。それが部の結

束の要だった。もうひとつ要はオリジナル志向。コピーはオリジナルへのトレーニング。

 海彦は曲を書き上げると此処で聴いてもらった。新曲が発表される時には全員集合する。

評価は厳しい。それぞれが「〇」「×」「△」の札を持ち、曲が終わると掲げる。

「〇」は自分も唄いたい。

「×」は唄いたくない。

「△」は今は唄わないけれど何時か思い出して唄うかも。

「〇」を挙げたメンバーでユニットを作りアレンジ。練習中に「あ~でもない。こうでも

ない」が飛び交う。時として作者の意向が捻じ曲げられそうになる。こうなるとケンカ。

部長が仲裁するのが何時もの治め方。所詮は多勢に無勢。作者は不承不承、女子に従って

しまう。ここでの女子力は圧倒的だった。

 男子の不満は「曲を創らない。楽器も弾けない女子が結束して文句を言い、自分の曲を

思いのままに変えてしまう」だった。それでも部の結束が保たれていたのは軽音楽部のス

ター性だった。学校祭では大活躍。他にも地域のイヴェントに引っ張りだこ。

 学校からの禁止事項は路上ライヴ。それと練習は十八時まで。

 メンバーは音楽教室を部室と呼んでいた。

 海彦の創った曲は芳しいものではなかった。良くて「△」。悪ければ「×」。女子から

は「歌詞が抽象的だからグッと来ない」。

 それで新曲の「〇」のアレンジを引き受けていた。これは好評だった。

 海彦は部室の扉を開けた。メンバー全員が着席していた。一斉に視線が扉に集中。海彦

に続いてマリアが入ると歓迎の拍手。部長がマリアをステージの中央に導いた。

 マリアはコートを海彦に預けてステージに立った。

「マリアはいま海彦の家にホームステイしている。きょう会ったばかりなのに、あした帰

国してしまう。学校に行ってみたいと云うのがマリアのたっての頼み。それで我が軽音楽

部に来てもらった。みんな文句あるか~」

「な~い」                                     

 部長はマリアにマイクを渡した。                                

「私はマリア・ロドリゲス・ハポンです」。全員がハポンに反応。力強く手を叩く。

「私の本当の名前はとても長い。『マリア・トーレス・ホセ・ロドリゲス、デ・ラ・リオ、

パトリシア、ハポン』。スペインでは生まれた子供にお爺さんやお婆さん、それとこれか

ら子供が育つ地域の名前を付けます。それで長くなります。私の家族や親戚の名前の最後

にはハポンが付けられています。マリアはお父さんが付けてくれました。十三歳まで私の

お尻には、みんなと同じ蒙古斑が付いていました。ハポンは私の矜りです」

 ここでは大拍手。

「いいぞ。マリア・トーレス・ホセ・ロドリゲス、デ・ラ・リオ、パトリシア、ハポン」

「こんなに歓迎してもらえるなんて。ありがとう。とても嬉しい。スペインには桜の樹が

ありませんでした。三年前に日本から移植され去年の春に咲きました。私が小さい頃から

遊んでいた公園に咲きました。今年の春にも咲きます。美しく可憐な花。散ってゆく花び

らがとても儚い。『いきものがかり』の『SAKURA』を唄います」

 マリアは静かに深く呼吸してマイクをピアノの上に置いた。


…さくら ひらひら 舞い降りて 落ちて

 揺れる 想いの丈を 抱きしめて

 君と春に願いし あの夢は

 今も見えているよ さくら舞い散る あ~ぁ…


 海彦は「ひらひら」で鳥肌が立った。マリアの伸びる高音には透明感があった。力があ                                   

った。聴く者を釘付けにしてしまう。「さくら舞い散る」の「散る」で海彦は座って居ら

れなくなった。マリアのアカペラを黙って聴いている自分に我慢できなくなった。「あ~

ぁ」の今なら「電車」に間に合う。隣の男子からギターを借りてステージに駆け上がった。

 マリアは海彦を待っていた。


Fm  D♭M7   E♭   C7

…電車から見えたのは 何時かの面影

 Fm  D♭M7 B♭m7 C7

 二人で 通った  春の   大橋                                

 Fm   D♭M7 E♭ C7 Fm

 卒業の時が来て  君は故郷(まち)を出た

  D♭M7  B♭m7  C7

 色づ く川辺に  あの日をさがすの…


 なんなんだ。マリアの歌は。ノンバイヴレーションなのにハートフル。声量もある。リ                                     

ズム感も良い。音程も確か。高音が突き抜けてゆく。唄う姿が美しい。日本語のアクセン

トもシッカリしている。メリハリも効いている。上手いだけでは、みんなを黙らせられな

い。上手いだけではない何かがマリアにある。なんなんだ。唄いたい。唄っているのが嬉

しくて楽しくて。唄っている私は幸せ。それが伝わって来る。マリアは唄いたかったんだ。

仙台で思い切り唄いたかったんだ。自分の悦びをみんなに伝えたかったんだ。みんなを呑

み込んでしまうマリアの歌。キラキラしている。凄い。凄すぎる。

 ホイットニーヒューストンに負けていないぞ。

 海彦はマリアを邪魔しないようコードを刻んだ。それでも音が強く鳴った。刻みながら

うっとりと聴いていた。そしてマリアが遊んでいた公園に咲く「SAKURA」を想った。


   D♭M7  E♭6    Cm7 Fm

…さくら ひらひら 舞い降りて落ちて

D♭M7  E♭6    Cm7 Fm

 春の その向こうへと 歩き   出す

D♭M7   E♭6  Cm7 Fm                                   

 君と春に 誓いし  この夢を  強く  

E♭7   Fm  D♭M7  E♭ D♭M7  E♭

 胸に  抱いて さくら   舞い 散る    あ~ぁ…


 終わった。部長がステージに上がって拍手を制するとピアノを弾き始めた。

 『YELL』のイントロだった。みんなが立ち上がった。

 海彦はマリアを残して皆の中に入った。


…「わたしは今、何処に在るの」と 踏みしめた足跡を 何度も見つめ返す

 枯葉を抱き 秋めく窓辺に かじかんだ指先で 夢を描いた 

 翼はあるのに 飛べずにいるんだ 一人になるのが 恐くて 辛くて

 優しい陽だまりに 肩寄せる日々を 越えて 僕ら 孤独な夢へと 歩く

 サヨナラは悲しい言葉じゃない それぞれの夢へと僕らを繋ぐYELL

 共に過ごした日々を胸に抱いて 飛び立つよ 独りで 未来(つぎ)の空へ…


 マリアは「サヨナラは」から一緒に唄っていた。

 海彦は、マリアの眸から、涙がひと筋、流れて、落ちてゆくのを、見つめていた。              


  帰りのバスでマリアは不機嫌だった。海彦が何を言ってもツッケンドン。

 これは手を付けられない。サンファン館の時と同じだった。

「どうしたんだ。俺たちが何か失礼したのか」

 マリアは海彦を無視。バスの進む先を虚ろに見つめている。

 バス停を三つ過ぎた時にマリアが口を開いた。

「海彦はモテるんだ。わたしはモテたことないから。知らない」

 海彦は答えようのない、こんな時は黙っているのが、最良と彩から学んでいた。

「パーマをかけたソバージュの娘。目がパッチリとして、ホリが深い、オリエンタルな美

人。少し大人びている娘が居た。知っているでしょう」

「あぁ。佐々木薫子だ。彼女がどうした」

「佐々木薫子はわたしに敵意を持っている。みんなが拍手してくれても彼女は拍手するふ

り。ズーッとわたしを睨みつけていた」                                     

「そうだったのか。それは失礼千万だ」

「なに言っているの。海彦。バッカじゃないの。失礼とかの問題ではない。薫子は鋭い眼

線で海彦は私のモノと言っていた。海彦は薫子と付き合っているの…」

「そうだったんだ。俺は付き合っていない。それは薫子のイジワルだ。マリアの美人は日

本には居ない。喋りも素敵で、歌が凄くて、男子全員を虜にしてしまったからなんだ」

「そうなの。付き合っていないの」

「付き合っていない」

「でも海彦は女の子にモテる。きっとモテている。私はモテたことない」

「マリアは男のことを知らない。飛び切りの美人に男子は近寄り難いんだ。俺だってマリ

アがホームステイしていなければ同じさ」

「そうなの。でも何か変。私は美人と言われたことがない。自分で思ったこともない」

「そう思うのはマリアの勝手。俺はマリアを美人だと思っている。マリアは俺にいっぱい

モテている。それだけは分かって欲しいな」

「…」

 マリアは海彦の一撃で元に戻った。バスを降りると夕方だった。小雪が舞い降りてきた。                                                                   

 マリアは空を見仰げ雪を顔で受けた。

「これが雪。冷たい」

 海彦はマリアの左手を握った。マリアが強く握り返してきた。

 それを遠くから彩に見られていた。            


 マリアが帰国する朝がきた。十一時二〇分の成田発でマドッリットに飛び立つ。それに

は七時二〇分発の『はやぶさ』に乗らなければならない。

 曇り空から何時、雪が降り出してもおかしくない朝だった。

 瀧上家の全員が玄関に出て門の前に並んだ。吐く息が白い。

「皆さんに良くして頂き感謝しています。どれほど感謝しても足りません。マリアはこの

一〇日間とても幸せでした。四百年前と変わらないお正月をありがとうございました。今

度は嘉蔵の墓参りに来て下さい。私たち家族は皆さんを待っています」

 マリアも瀧上家の全員も涙目。

 海太郎が「今回はマリアはお客さん。次からはもうお客さんではない。私たちの家族だ。

スペインは遠い。でも一日で行き来できる。何時でも自分の家と思って来て欲しい。今度

はマリアの部屋を造っておく。嘉蔵の墓参りに行きたいなぁ…。行こう。父さん」。                                   

「私が達者なうちに必ず行く。静と一緒に行くとマリアのお父さんに伝えて欲しい」と海

之進。「その時にはマリアの世話になる」と海太郎がマリアの肩に手を添えた。

 静はハンカチを目元に当てて頷くばかり。言葉にならない。

 彩が「マリアは私の妹よ」。

 志乃は「私の振袖を送る。マリアに着付けを教えに行くからね」。

「私は此処でサヨナラします。此処でお別れしないと帰れなくなってしまう」

 マリアは深々と頭を下げてから迎えのタクシーに乗り込んだ。タクシーが交差点を右に

曲がるまで、マリアは振り向き、車中から手を振り続けていた。

 マリアの訴える眼線が海彦に届いた。

「俺。やっぱ見送ってくる」

 海彦が走り出した。それは全力疾走だった。

 これでマリアと逢えなくなる。今度、何時逢えるか分からない。これが最後かも知れな

い。本当にこれが最後なのかも知れない。それが過るとスピードが上がった。

 タクシーに追いかなければ…。海彦は交差点を右に曲がった。タクシーが見えない。信

号の青が続いていた。何時もは渋滞気味の道路。日曜日の今朝は車が少ない。けれど見喪

っても向かう先は駅。呼吸が乱れ苦しくなってきた。心臓の音がこめかみを打つ。両手の

先が痺れてきた。酸欠。ストライドが狭くなりピッチも落ちている。

 バッシューは重い。どうして俺はジョギングシューズを履いていないんだ。こんな時は

呼吸を整え、両腕を大きく強く振らなければ…。このままでは追いつくどころか駅まで持

たない。海彦は四〇〇Mから一五〇〇Mの走りに切り替えた。

 タクシーとの距離が掴めない。どんどん離されているようだ。今日に限って何てスムー

スな車の流れなんだ。なのに赤信号に阻まれてしまった。ちくしょう。家から駅までは約

三キロ。今日のタクシーは五分もかからない。この調子だと俺は一五分。

 マリアに別れを告げなければ…。道路と違って駅は混雑していた。『はやぶさ』は一番

ホーム。海彦は二〇〇円をポケットから取り出し入場券を買い階段の人を掻き分けホーム

に出た。マリアの座席が分からない。

 七両編成の『はやぶさ』。一号車から順に探す他ない。発見できなかったら又も間抜け

でアホだ。今生の別れかも知れないのにモタモタしている。何やっているんだ。マリアに

逢えなかったら悔やんでも悔やみきれない。海彦が四号車まで来た時に発車のアナンス。

 マリアの席はホーム側とは限らない。反対も有り得る。それで確認に手間取る。

 五号車まで来た。海彦の額から汗が滴り落ちた。                                     

 マリアが見つけてくれた。窓越しに手を振っている。海彦は走り寄った。

 海彦にはマリアが笑っているのか、涙ぐんでいるのか、分からなかった。

 マリアの顔はグチャグチャだった。初めて見たマリアのグチャグチャ。

 マリアが語りかけている。聞こえない。

 マリアは唇の動きで伝えようとしている。

 マリアは泣いていた。

 海彦は堪えた。『はやぶさ二号』が動き出した。

「海彦。ありがとう。サヨナラは私の約束。Sea you again」




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