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小説好きのあなたに近未来を届けます。

お届けする作品は『未来探検隊』の他三つです。四作品とも未発表。何れもワープロ原稿をワードの添付メールで送信。僕に送り先のメルアドが届き次第、直ちに送ります。スマホや他の携帯には送れても容量が大き過ぎて開けません。パソコンは大丈夫。ワードで圧縮せずに送るので今までの経験では問題なしでした。

現在の支援総額

18,000

1%

目標金額は1,000,000円

支援者数

4

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2021/04/05に募集を開始し、 4人の支援により 18,000円の資金を集め、 2021/06/04に募集を終了しました

エンタメ領域特化型クラファン

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 新学期が始まった。海彦は高三の春を迎えた。

 桜が咲いた。今年も青葉山公園の桜の蕾が開いた。カルロス・デ・メサ公園の桜より一

ケ月以上も遅い。マリアから「今年も桜が咲いた。桜が咲き、花びらが舞い降りて落ちて

ゆく様子を見つめていると日本人が花鳥風月を愛でているのが分かる」とメールが届いて

いた。「花鳥風月」と「愛でる」を何処で知ったのだろう。国語のトレーニングを放棄し

ている日本人なら一生使わない言葉。「愛でる」は辞典からだ。 

 授業が終わり久しぶりに部室に入ると海彦は佐々木薫子を探した。居なかった。肩の力                                     

が抜けた。俺は「イクジナシ」でも構わない。これからも「イクジナシ」で通す。そう力

んでいたのが抜けた。これでありのままの、普段通りの自分で居られる。

 隣のクラスの宮澤洋子が近寄って来た。表情がこわばっていた。

「海彦。薫子に何したの」                                                          

「えっ。何もしていないよ。ナニ…」                                

「嘘。薫子は春休中ズーッとふさぎ込んで見ていられなかった。わたしは小学校から一緒。                               

心配になって訳を聞いた」

 宮澤洋子は腰に両手を当てて海彦の前に仁王立ち。

「ホントだよ。俺は何もしていない」

「嘘ばっか。コクったけれど速攻で振られたと言っていた」

「俺は何もしていないから振ってもいない」

「分かった。薫子が傷ついた訳が分かった。コクった後に返事が無いのが一番残酷。海彦

ってそんな人間だったんだ。ケイベツ」

 宮澤洋子は嫌なものを見たと一瞥。海彦から離れた。

 海彦は女子から攻撃を受けたことが無かった。唖然とするばかり。

 佐々木薫子は自分が告白したら、誘惑したら、男は意のままになると確信している。だ

から傷ついた。ただそれだけ。身勝手も極まりない。肝心な誘惑を隠して友人に俺を軽蔑

させる。薫子の陰湿で、しつこい、執念めいた復讐。若年にして既に妖怪。 

 妖怪の行動原理とは己の欲望欲求の実現がすべて。海彦はそれを嫌と云うほど学習させ

られてしまった。少し休んでいる間に部室は居心地の良い処では無くなった。

「イクジナシ」で「ケイベツ」されてしまった俺は部室に出て来るべきではない。それが

良い。だいいち気分が悪くなる。海彦はリュックを背負い、ギターケースを持って部室を

出た。逃げ出すようでこれも不愉快。 

 海彦が靴入れのロッカーを開けた時だった。

「海彦。もう帰るの…」

 振り向くと弓道着姿の橘南だった。ポニーテール。弓道部の女子は、みんな、同じ髪型。

「話しできる…。時間ある…」

「構わないよ。どうしたの…」

「良かった。少し待っていてくれる。着替えてくる」

 海彦は橘南の突然の出現に戸惑った。また嫌なことを言われるのだろうか。そんなこと                                   

は無い。俺に声をかけた橘南は何処か嬉しそうだった。嬉しそうに俺に嫌なことを言い、

打ちのめそうとするなら南は悪魔だ。俺の知る限りでは南は悪魔では無い。小五では同じ

クラス。津波から逃れた屋上で俺は南と手を繋ぎ同じ毛布にくるまっていた。俺は繋いだ

手を放すと恐くて立っていられなかった。それは橘南も同じだった。

 橘南は両親と祖母を喪った。一人娘の南は母親の実家に身を寄せることになった。

「南は引っ越すことになった。これからは会津若松の学校に通う。南の環境が変わる。知

らない土地での生活は何かと大変だ。みんなで南を応援しよう。手紙を書こう」

 これが担任の送別だった。女子の大半が泣いていた。

「ワタシは明日から会津若松で生きてゆきます。家族を喪ったのはワタシだけじゃない。

亡くなった多くの方々にも家族が在った。ワタシは敗けません。ここでくじけてしまった

ら母と父が悲しみます。また仙台に戻ってきた時には仲良くして下さい」

 海彦には橘南のお別れの挨拶が記憶に残っていた。

 俺は手紙を書かなかった。クラスの男子も女子も手紙を書いたのに俺は書かなかった。

書かなかった理由は覚えていない。中学に進むとみんな橘南へ手紙を書かなくなった。そ

れから五年。南は仙台に戻って来た。俺と同じ高校に通うようになった。

 そして今、俺は橘南から声をかけられた。

 海彦は玄関と校門を行ったり来たり。

「待たせてごめん」

 橘南は髪を後ろになびかせ走り寄って来た。

 長袖の白いブラウスに濃紺の毛糸のベスト。胸元には赤と白のⅤライン。ミディアムミ

ニのフレアスカートも濃紺。色を合わせたタイツと白いソックス。靴は黒のローファー。

制服が指定されていない高校女子の定番の出で立ち。似合っていた。弓道着姿とまったく

趣が違う爽やかな橘南。髪は同じだった。よく見ると髪を束ねるゴムバンが白から赤に。

 橘南は小五の時とは別人だった。南は引っ込み思案の泣き虫だった。それが変わった。

弓道着が似合う凛々しさ。それは瞳に現れていた。強い意志が瞳の奥に潜んでいる。

 俺の両親が津波に殺られてしまったら俺はこうして立っていられるのだろうか…。

 俺たちは先生の指示で屋上から三階の教室に移った。風が無くて温かかった。それでも

誰も毛布を離さない。自家発電が止まっていた。燃料切れ。男子と女子は別々に固まって

身を寄せていた。俺は毛布を橘南に渡した。南は…大丈夫‼…と眼で訴えた。

「俺は大丈夫だ」                                    

 夕方になって俺には母さんが迎えに来た。クラスの一人一人の身内の者が迎えに来た。

みんな長靴がドロドロだった。顔も服も泥まみれだった。

 橘南には迎える者が一人も現れなかった。俺が帰った後の橘南はどうしていたのだろう。

俺が知っているのは、学校が再開した、その日の橘南のお別れの挨拶。

「海彦。薫子を振ったんだって…。クラスの女子はみんな知っている。洋子が一人の女子

に言った。その娘はお喋りであっと云う間に広がった。みんな退屈しているから、誰彼が

ふっついた、別れた話しに飛び付く。洋子の計算通り。それで海彦はケイベツされている。

でもそう想わない女子も居るんだ。それがワタシ」

「…」

「ワタシ。薫子が嫌いなんだ。自己チューの見本。口を開けば周囲の女子の悪口ばっか。

髪型がダサイとか男子の気を惹こうとする流し目がイヤラシイとか。私も被害に遭った」

「被害って…」

「両親を喪った同情を頼りにしている。哀れっぽさを売りにして両親の保険金で誰にも煩

わされずのうのうと一人暮らしを楽しんでいる。これ以上言わない。恥ずかしいし悲しく

なるから。これはお喋りな女子からの伝聞」

 海彦はバス停に向かって橘南と並んで歩いた。 

「ワタシ。小学校の屋上で海彦と手を繋いで一枚の毛布にくるまっていた。覚えている」

「忘れたくても忘れられない」

「家の方角は黒い引き波。瓦礫の山。家は引き波の中だった。恐ろしくて海彦の腕にしが

みついた。海彦はワタシの手を強く握り返してくれた。毛布が風に煽られて飛ばされそう

になった時、海彦は毛布とワタシを支えてくれた。海彦も震えていた。でも優しかった。

寒かったけれど温かかった。そんな海彦をワタシはケイベツできない。でけれど海彦は手

紙をくれなかった。どうしてなんだろうと何時も想っていた。どうして…」

 橘南は車道側を歩いている。

 海彦はギターケースを右手に持ち換え車道側に位置を変えた。

「ハッキリした理由は無いんだ。みんな手紙を書いたのに俺は書かなかった。覚えている                                   

のは南を応援する文章が思い浮かばなかった。みんな同じような文章を綴っている。それ

で南が元気になるのなら書く意味がある。でも南は俺たちの手紙で元気にはならない。会

津若松で暮らす南は俺たちからの手紙で津波を追体験するだけだと考えてしまった」

「そうなんだ。ワタシ。馬鹿みたい。海彦からの手紙だけを待っていた。海彦からの手紙                                  

はワタシに元気と勇気をもたらしてくれると思っていた。でも来なかった。海彦はもうワ

タシを忘れてしまったんだ。それが悲しかった」

 そうだったんだ。俺からの手紙を待っていたのにハッキリした理由も無く書かなかった

んだ。ガキの頃から馬鹿で間抜けな俺。南は哀しみを心の奥に溜め込んでいる。俺たちの

手紙では無く俺の手紙を待っていたんだ。南は知らない土地での新しい環境を俺に知らせ

たかった。俺と文通したかったんだ。文通ならば一方通行にならない。応援できる。当時

の俺は女子との文通は想定外だった。

「海彦がどの高校を受験するのか気になった。海彦に手紙を書いて教えてもらおうと考え

たんだ。でも勇気が無かった。それで恐らくこの高校と決めたんだ。だってさ仙台で大学

進学を決めている男子と女子は一高か二高を受験する。海彦は二高を受けると思った。同

じ青葉区で家から近い。それと一高は理系。海彦は小五の時から文系だった。どっちも偏

差値が高い。けれど海彦は受験に失敗しない。ワタシの推理が外れたら縁が無かったと諦

めようと…。ワタシ。婆ちゃん爺ちゃんを説得して仙台に来た。外れなくて良かった」

 俺の不作為が橘南の進路を決めてしまった。違う。文通していても南は必ず仙台の今の

高校に来る。結果は同じだ。南の推理の正確さ。それに基づいて祖父母を説得して仙台行

きと受験先を決めた南の決断力。外れたら縁が無かったと諦める心の強さに驚嘆。小五の

俺を分析して文系と断定した南の分析力。そして合格。恐ろしいほど凄い。

「よく説得できたね」

「かなり強引に我儘を通した」

「我儘を通すって…」

「良くしてくれているのが辛いって。これって立派な我儘でしょう。本当に辛かったのが

仙台と会津若松の違い。馴染めなかったんだ。言葉も文化も違う。歴史が違うから互いの

相違はしょうがない。ワタシからは海彦が居る仙台が離れられなかった」

「なさぬことはならぬ。什の掟かぁ」

「海彦。鋭い。さすが文系。ワタシは、為さねば成らぬ何ごとも、の方が合っている。会

津若松の人たちは今でも、なさぬことはならぬ、で凝り固まっている。小学校では毎朝の                              

ようにクラス全員で什の掟を唱和するんだ。目上の人と意見が対立した時の決め言葉が、

なさぬことはならぬ。これで一件落着する。初めのうちは訳が分からなくポカ~ン。会津

若松では封建時代が今も続いている。これが会津若松人のIdentity。嫌だった」

「仙台も似ている処が在る。最も偉いのが政宗。他は許されない。この価値基準は絶対だ。                                    

仙台版なさぬことはならぬ。他所の土地から移り住んだ人には未来永劫、馴染まない」

「そうかもね。海彦とこうして話しているのは夢みたい。ワタシ。会津若松での暮らしは

思い出したくない。婆ちゃん爺ちゃんから叱られたことないんだ。叔母さんや伯父さんも

従妹たちも優しかった。それが苦しかった。普通にしてくれないんだ。何時も南は可哀そ

うが感じ取れてしまう。ゴメン。こんなことを話したのは海彦が初めて」

「全然嫌な話しじゃない。南がどのようにして会津若松で過ごしていたのか分かった」

「ワタシ。時々でいいから海彦とお喋りして、笑ったり、怒ったり、口惜しがったり、一

緒にご飯を食べたり、たまには涙を流したいんだ」

「それって付き合うってことだよね」

「そうかも知れない。でもさ。付き合うって相思相愛で親密って感じ。ワタシ。海彦とは

友達以上恋人未満が望みなの。だって海彦と相思相愛になってしまったら甘えてしまって

自分を保てなくなる。自分が自分で無くなるのが恐い」

「南。俺を良く言ってくれるのは嬉しい。でも買い被り過ぎ」

「そんなことない。これからワタシの部屋に来ない。お茶しよう。紅茶は得意なんだ」

 海彦は「ワタシの部屋に来ない」にドキッ。

「俺。女子の部屋に入ったことない」

「ワタシの部屋には誰も入ったことない。部屋を借りた時に爺ちゃんが保証人で付いて来

てくれた。その時が初めてで最後。海彦は小五の頃と変わっていない。力強いシャイ」

 海彦には橘南の誘いを断る理由が無かった。

「ワタシの部屋に来ない」に海彦の鼓動が早まった。

「部屋は明神横丁二丁目。通学はチャリか歩き。学校まで歩くと一五分」


 二人はバス停を通り過ぎた。

 宮澤洋子が二人の後ろ姿を見つめていた。そして隠れるように後をつけた。


 橘南の部屋は七階建て鉄筋コンクリートの五階に在った。オートロック。震災後に建て                           

られたのが一目で分かる耐震設計。外壁に補強の柱がクロスしていた。

 南が「暗証番号が可笑しいんだ。(#)ゴクローサン(呼)」。

 海彦はエレベーターに乗った。

「部屋を決めたのは爺ちゃん。二と五階が空いていた。五階なら津波に殺られない」                                     

 部屋は綺麗に片付けられていた。今日俺が来たのは偶然。俺を予定して片付け、掃除し

たのとは訳が違う。俺の部屋と云えばグチャグチャ。母さんの掃除をアテにしている。

 一LDKの部屋は海彦のイメージと違った。キャラクターとか縫いぐるみとか花柄の調

度品が無い。通されたリヴィングは七畳ほどのフローリング。見る限り男の部屋か女の部

屋かが分からない。白い長方形の座卓の上にテレビ。その並びの棚にCDプレーヤーとチ

ューナーとアンプ。棚にはCDが小さな木製のブックエンドに納められていた。『Bos

e』のスピーカーが本棚の五段目に組み込まれている。Zライトが取り付けられた白い折

りたたみ机にはパソコン。その両側にも同じ机。合わせると三つ。机が広い。真似しよう。

机は『ニトリ』。机の左には二段と三段の収納プラスチックが重ねられ、その上にはプリ

ンターとスキャナー。固定されていない。これは危ない。震度四で倒れる。本棚もそうだ。

天井までの本棚。八枚の横板。ガスストーブが本棚の中央に据えられていた。これは素人

細工では無い。大工さんに頼んだのだろう。肘掛けが付いた五本足の回転椅子。折りたた

みの正方形の白い座卓が本棚に立てかけられていた。南はこの上で食事しているのだろう。

リヴィングと台所は別々。壁とドアで遮断されていた。これでリヴィングの独立が保たれ

ていた。台所には冷蔵庫が置かれ、スタンド式の掃除機が立てかけられていた。ガスレン

ジの上の天井には大きな排気口が。タイルの壁には大小の手鍋やフライパン。中華鍋が掛

けられていた。磨かれている。使い勝手が良さそう。整理整頓が上手だ。工夫している。

 独りで暮らすとは工夫しなければいけないんだ。でも洗濯機が見当たらなかった。

 海彦は南の暮らしぶりを垣間見た。

 健気に暮らしている在り様が海彦の鼓動を鎮めた。

 壁には弓道の賞状が二枚飾られていた。市の大会で一位。県大会では二位。何れも新人

戦。その時の写真が無い。写真が一枚も無い部屋だった。そして海彦の座る処が無かった。

「南。何処に座ったらイイ…」

「あっ。回転椅子に座って」

「でもこの椅子は南が座るんだろう」                                     

「そうだけどイイの。椅子はひとつしかないんだ。ワタシの場所は何とかする」

 海彦は言われるまま回転椅子に腰を下ろした。

 南は台所でエプロン。「殺風景な部屋でしょう」。

「縫いぐるみとかキャラクターが沢山あると思っていた」

「昔はそうだった。この部屋で暮らすようになってから必要なくなった。ワタシ。過去を                                     

捨てたんだ。捨てられなかったのは海彦だけ。オレンジペコを入れている。クッキーが在

るんだ。昨日焼いた。美味しいよ。一緒に食べてくれる」 

 海彦は「捨てられなかったのは海彦だけ」に二回目のドキッ。

 南はマリアを知らないのだろうか。そんなはずはない。

 橘南はオレンジペコとクッキーを閉じているパソコンの前に置いた。そして折りたたみ

の座卓を開き、その上に腰かけ、自分の紅茶とクッキーを横に置いた。

「何時か、海彦とこんな話しができるチャンスが巡って来ると想っていた。勇気を出して

海彦に想いを告げる時が必ず来るって。でもチャンスは訪れなかった。海彦は女子に人気

なんだ。楽器が上手いし、羽生結弦に似ていて背丈も同じくらい。優しさはワタシの折り

紙付き。ワタシ。海彦が誰とも付き合わないよう願掛けしてた。願掛けは大成功。薫子を

振った。それで海彦の評判が一気に下がった。今がチャンスと思ったの」

 海彦には急落した評判の一部始終が読み取れた。

 宮澤洋子なら「残酷」と言い「軽蔑」をふれまわる。

「ワタシ。入学してから海彦だけを見つめてきたんだ。小五の時はワタシと同じ位の身長。

それが随分と伸びた。今では二〇センチ以上も違う。おまけに髪も伸びた」

 海彦は三回目のドキッ。

「馴れ馴れしく話しかけると迷惑かも知れない。だから見つめるしかできなかった。スト

ーカーにならなかったのは理性。それとチャンスは必ず来ると信じていたから」

 南は嬉しそうに今までの想いを俺に伝えている。

 嫌な話しでなかったことに救われた。

 救われても、海彦は、南の想いに、どう応えて良いのか、分からなかった。

「紅茶のお代わりは…」

「うん。いらない」

「口に合わなかった」                                   

「美味しかった。南のよどみなく流れるような話しにボ~ッとしているだけ。俺は南にモ

テている。それに驚いてしまった。未熟者の俺がモテる筈ないと思っていたから。何か変

な感じなんだ。マダマダの俺は今を上手く説明できない」

「突然過ぎたかも。でもどんな時でもワタシの話しは突然になってしまう。時間が空き過

ぎている。七年もの時間が経ってしまった」

「俺。手紙を書いて南と文通すれば良かったんだ。そうしたら南に辛い想いをさせなかっ                                    

た。小五の時は思いつかなかった」

「海彦。女の娘を全然分かっていない。何時も想っていられる男子が居るのは楽しい。ケ

ッコウ幸せなんだ。今ごろ何しているのだろうとか、何を考えているんだろう…」

「そんなものなんだ」

「そんなものです。本当に海彦は女の娘と付き合ったことがないんだね」

 南は海彦をマジマジと見つめクスッと笑った。

「ワタシの話しは後少しで終わる。最後まで聞いてくれる」

「うん」

「三月十一日が近づいてくると辛くなる。誰かにすがりたくなるんだ。そんなことを毎年

繰り返している。これがワタシの定めと思っていても悟れない。時どき現実を受け入れら

れなくなる。寂しくなる。それが三月十一日。これで終わり。今日は七年分をいっぺんに

喋った。海彦。聞いてくれてありがとう。お願いはひとつ。重くならないで…」

「うん。分かった。重くならないよう、俺、考える。今日は橘南を考える」

「海彦。また遊びに来てくれる。今度はご飯を作る。ワタシ。料理も得意なんだ。婆ちゃ

んの手伝いで覚えた。仙台に来てからは独りのご飯だから二人で食べてみたい」

「それも考える。南。マリアを知っている…?…」

「もちろん。三学期が始まった時に男子は大騒ぎしていた。軽音楽部の男子からスマホで

撮ったマリアの写真を見せられた。飛び切りの美人。大騒ぎするのは当然かなって」

「そっか。マリアは唄と喋りで軽音楽部の男子を虜にしてしまったからなんだ」

「海彦にとってマリアは親戚のような人でしょう。親戚よりも身近かも知れない。海彦が

マリアに魅かれても魅かれなくても切っても切れない関係。ワタシとは切ろうと思えば直

ぐにでも切れる他人の関係。海彦がワタシと仲良くしてくれても仲良くしてくれなくても

マリアとの関係は続く。だからワタシ。遠くて近いマリアを気にしていないんだ」

 友達以上恋人未満。海彦はこれが分からなかった。友達と恋人の間とはどんな関係なん

だろう。今日の今から橘南と友達になれる。これは難しくない。そこに恋人未満が組み込

まれると漠然としてしまう。恋人ならハッキリして分かり易い。未満とは何だ。マリアが

来てから恐ろしい女が次々と現れる。先ずマリアがそうだ。そして佐々木薫子と橘南。マ

リアが恐ろしい女を道連れにして来たのだろうか。俺と違って三人ともボヤ~としていな

い。三人とも何かしらを見据えている。

 同情以外の感情は今の俺には無い。二人の時間を積み重ねたら同情以外の感情が芽生え                                    

るかも知れない。そうなったら恋心。俺にはマリアが居る。今の気持ちを率直に南に告げ

る他ない。曖昧にしていたら南に失礼だ。間抜けな俺を再現してはいけない。

「ワタシ。海彦の同情でも構わない。海彦の同情なら受け入れられる。同情は長く続かな

いから。三月十一日は小五の時の過去。更新されない。今日ワタシは海彦と一緒の時間を

持てた。これからは未来。これからを続けられるなら海彦の裡でワタシの記憶は更新され

る。同情はどんどん小さくなる。それがワタシの望みなんだ」

 先に言われてしまった。

…橘南は俺の同情を見越していたんだ。俺からの同情が消えない限り自分は恋人にはなれ

ないと知っているんだ。だから恋人未満なんだ。男と女がいきなり恋人同士にはなれない。

なるには、そうならしめるプロセスが必要だ。南はそれに賭けると言っているんだ。それ

と南は俺とマリアは恋人同士にはならない。なれないと見抜いているんだ。遠くて近い、

切ろうとしても切れない関係。俺とマリアは恋人同士になれないのだろうか…

 海彦はここで思考停止に陥った。いま先を考えても何も見えてこない。

…俺にはやるべきことがひとつある…

「南は重くならないでと言った。でも重い。それを言わない方が男らしいのかも知れない。

でも隠せない。気づいたことがあるんだ。南の部屋の地震対策。プリンターとスキャナー

が置かれている処と本棚の地震対策。此処は五階。揺れが大きくなる。今日は道具を持っ

ていない。準備して明日にも施す。そうしないと危険。心配だ」

「海彦。ありがとう。お願いします。良かった。コクって」

 橘南は晴れやかだった。海彦には南の晴れやかが眩しかった。


 翌日。海彦は昼休みに橘南の携帯にメール。

—きょう授業が終わったら材料を『ビバホーム』で買って南の部屋に行こうと思っている

けれど、どう…。工具はリュックに入っているんだ—

—ワタシ。部屋で待っています。きのう海彦は「今日は橘南を考える」と言った。ワタシ

の何を考えたのか。興味ありです—

 海彦は苦労せずに橘南の部屋の耐震施工を終えた。

 作業している間、南は海彦の段取りと工程を見つめていた。

「やり方は分かった。次からは独りで出来る。ありがとう。お礼にご飯と思ったけれど今

はまだフライング。機会を待ちます」                                    

「南を考えたんだけれど全然まとまらなかった」

「そっかぁ~。そうだよね。いきなりコクられて、その返事だものね」

 橘南は神妙な面持ちで言った。

 海彦は橘南と居る時間が心地良かった。三たびのドキッが在っても、それは俺への想い

だった。南は俺に悪しき刺激を投げかけてこない。

「わたし。帰る」とは間違っても言わない。

「帰らないと約束できない。海彦次第」とも言わない。

 緊張しなくても済む。身構えなくても良い。幼馴染みだからかも知れない。

 俺とマリアではマリアが主導権を握っている。

 橘南とでは俺が主導権を握っている。この違いは大きい。気が楽だ。ビクつかない。 

 

 一週間後には二人が付き合っていると同学年の女子全員が知った。 


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