2021/10/28 02:20

初めてPIGSTYに遊びに行ったのは99年だったと思う。僕は14か15で中学3年生。
PIGSTYはまだ新札幌にあった。
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初めての革ジャンはまさし君(沖野)のお下がりでSchottのライダース。
何故かレディースだった。
まさし君とは一緒にバンドもやったし多分またやる。

ベロベロに酔っ払ってリハのセッティングを覚えてなくて小田君に怒られた。そして、セッティングしてくれた。

守君(YUKIGUNI)と大喧嘩して、それからめちゃくちゃ仲良くなった。

うちの無茶な企画をいいよーってやらせてくれて、結果4時間押したけどその頃にはもう怒られなくなってた。
(漢だらけのローション相撲大会をしたいと言っても、ちゃんとやるならいいよと言ってくれるレベル)

初めてのレコーディングはPIGSTYでやった。
なんならうちの音源の半分以上はPIGSTYで録ってるし、自分でレコーディングする様になった今も場所はもっぱらPIGSTYで、まさし君のサポートがないと成り立たない。

思い出ももちろん大切なんだけど、これから音楽を続けていく上でPIGSTYが無くなってしまうのは本当に死活問題です…。

ここまで個人的な思い入れの話をさせてもらったけど、僕以外にもそう言う人は沢山いると思うし、昔の僕みたいに他じゃ断られて当たり前のような事をやってみたいアホな若い子(褒めてる)がやりたいことをやる為にはPIGSTYと言う場所が絶対に必要だと思ってます。

みんなのPIGSTYをみんなで守っていきましょう!!

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…なんて締められたらカッコよさげだけど、本当にこれ以上僕みたいなもんを許容してくれる場所が無くなると僕が生きていけないので皆さん力を貸して下さい。

本当によろしくお願いします。