パン屋になるまでの道のり、前回の続き。
宮崎に戻ってから
私の好きなパン屋さんルヴァンの本を購入し
参考にしながら
自ら起こした種でパン焼きが始まります。
イーストでパンを焼いた経験はありましたが
自家製酵母のパン焼きは初めてのこと。
焼けるパンと言ったら草履みたいに不格好で
膨らみのない固くて酸っぱいパンばかりでした。
この頃
手に職を付けて自分の好きな仕事を宮崎で。。。
宮崎で手に入らない私が食べたいハード系のパン屋さんになろう
漠然とした考えが芽生え始めました。
そんな折
以前、勤務していた農業試験場で知り合った同僚とのご縁で
育児をしながら
宮崎県食品開発センターの食品開発部で働くことになります。
当時、発足された「地域結集型共同研究事業」の技術スタッフとして
主に県農産品の機能性の研究をします。
ブルーベリー葉、干し沢庵、サトイモ、ゴーヤなど
機能性面で付加価値を付けPRするといった
この時に培われた経験が
現在のお店づくり・パンづくりのコンセプトに繋がります。
食品開発センターでは2年と半年勤務しました。
その後、同じ建物内にある
宮崎県工業技術センターの材料開発部で働くことになります。
ここでは、火山灰シラスを原料とした多孔質ガラスSPGを
使った半田微粒子の開発を行いました。
全く経験のない異分野で
勤務当初は飛び交う用語も説明も意味不明でしたが(笑)
研究が好きだった私は全てのことが興味深く
全身油まみれになったり凹むことも多々あったりしましたが
2年と半年をここで勤務させていただきました。
この頃から、漠然と考えていたパン屋さんの開業に向けて
情報収集が始まります。。。
写真は食品開発センターで勤務していた時のもの。
次回に続く。