東日本大震災の未曾有の被害
持続可能なまちを目指して復興を推進
「みんなのまちづくりゲーム in cities」のバージョン1にあたる「みんなのまちづくりゲーム」について紹介します。宮城県南三陸町で活動する一般社団法人南三陸研修センター(南三陸ラーニングセンター)が開発したものです。
そう、南三陸町は、東日本大震災の津波によって壊滅的な被害を受けた町のひとつ。なぜそのような町でボードゲームが開発されたのか?そこには東日本大震災とその教訓によるまちづくりが強く影響しているのです。
2011年3月11日14:46 東日本大震災発生。
当初6メートルと発表されていた津波はどんどん高くなり、最終的に中心市街地で平均16.5メートル、最大遡上高は22メートルを超える津波が町を丸ごと飲み込みました。リアス式海岸の典型的な地形により海岸近くのわずかな低地部に住居や商店、行政施設などが密集。そこに大津波が襲ってきたことによって被害は拡大し、住居の6割以上が半壊以上となり、避難者は1万人以上に。この津波による南三陸町の犠牲者は831名となり、今でも200名を超える方々が行方不明のまま。町役場や消防、警察も被災。道路も寸断され、電気ガス水道のインフラも止まりました。文字通りゼロからのスタートとなったのです。
地方の中小規模の自治体は震災以前から、首都圏などの大都市圏の自治体の一足先にさまざまな課題に直面していました。過疎化という言葉は数十年前から言われ、限界集落と呼ばれる地域も多くあります。人口減少や高齢化によって地域を支える産業は衰退し、福祉や文化も困難に直面しています。
東日本大震災によって甚大な被害を受けた東北の沿岸地域は、もともとあったこれらの課題が顕在化し、10 年から 20 年課題が進んでしまったような状態と言われています。
人口減少、少子高齢化、エネルギーの外部依存、医療の不足、育児問題、これらは南三陸町で喫緊の課題となっており、まさに「課題先進地」と言われる状況にあります。
震災前と同じ町を作ったところで、これらの問題が解決するわけではないので、震災で得た教訓も踏まえつつ、いかにして今ある課題と今後起こりうる課題に応えていくか。
復興途上にありながら、東日本大震災からの10年間で、住民が自ら知恵を絞り、これからも南三陸町が持続可能な町であり続けるために、それぞれの領域で、もしくは領域を超えて仲間を作りながら課題解決のプロジェクトを興してきました。
森では、環境や生物多様性に配慮しながら持続可能で自立する林業のFSC®︎国際認証を宮城県で初めて取得。里では、これまで「ゴミ」だった生ゴミを分別回収し、エネルギーと液体肥料に変えるバイオマス発電を導入。それを活用した、無農薬無肥料のお米栽培もチャレンジしています。海では、震災前の過密養殖を改め、養殖棚を3分の1に抑えるという大転換を敢行。収穫まで3年かかっていた牡蠣が1年で収穫できるようになるという漁場改革を実現。日本で初めて、ASC国際認証を取得しました。漁師自治体として海と山で国際認証を同時に取得しているのは世界でも初。手前味噌になってしまうが、このような南三陸の取り組みは先進的だと評価され、全国から多くの企業の研修や視察が集まってきてくれているのです。
弊社一般社団法人南三陸研修センターは、震災後の2012年に南三陸町民と有識者で立ち上がった団体です。「未来を創る人を育む」というビジョンを掲げ、学生から社会人まで幅広い層のお客様に南三陸町をフィールドにした震災学習や前述の森里海での循環型のまちづくりなどを学ぶ研修プログラムを提供してきました。
震災から復興への歩みを、そして南三陸が取り組む課題解決のプロジェクトや現状について、専門家だけでなく、これからの世代を担う若者にもなるべくわかりやすく伝えていくことが求められていました。
その中で考案されたのが2015年に発売開始されたボードゲーム「みんなのまちづくりゲーム」でした。