こんにちは、バリュープラス アーカイヴ プロジェクトです。
先日動画として発信した三池敏夫さんインタビューの全文を、こちらの記事で公開いたします。
三池さんは特撮美術監督として、ゴジラシリーズ、ウルトラマンシリーズ、平成ガメラシリーズと数多の特撮作品に中心スタッフとして参加してきました。また近年は、認定NPO法人ATAC(アニメ特撮アーカイブ機構)の発起人の一人として、残された特撮作品の資料を保存・研究するアーカイブ活動にも積極的に取り組まれています。
今回はその三池さんに、発掘されたピープロ特撮4作品のフィルムを実際にご覧になっていただきました。そして、
ピープロ特撮そのものの魅力、
その写真資料としての価値、
そして特撮作品の資料アーカイブの意義について、
様々な観点で語っていただきました。
──今回このアーカイブプロジェクトを手掛けているバリュープラスは、三池さんが監修を務められた『生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展』(2022年)でも資料のアーカイブ作業に協力しています。その際にも、ピープロ作品に関する資料が複数発掘されました。三池さんは井上泰幸さんに師事されていましたが、井上さんからピープロ作品についてお話をうかがうようなことはありましたか?
三池 井上さんは元々、円谷英二監督の元で特撮班の美術監督を務め、東宝特撮の様々な作品に参加されていました。円谷さんが亡くなった後、井上さんは1971年に「アルファ企画」という会社を立ち上げて独立し、他社からミニチュアや造形物の制作などを受注するようになります。その中にピープロもあったわけですね。
当時のアルファ企画は色々な会社と仕事をしていましたから、それぞれで話は聞きましたけど、やっぱりうしおそうじさん、つまりピープロ社長の鷺巣(富雄)さんとは、井上さんは個人的な付き合いがあったというかな。鷺巣さんって戦後の東宝特撮に円谷英二組としては参加してないんだけど、戦前・戦中には円谷さんと一緒に東宝で仕事をしているわけですね。
──鷺巣さんは戦前から東宝に特殊技術課線画係として勤務し、特技課の課長だった円谷英二さんとは、お世話になりつつ頼まれて仕事も手伝うような関係だったそうですね。
『風雲ライオン丸』より。
ピー・プロダクションの社長・鷺巣富雄=うしおそうじは、キャラクターデザイナーとしても才覚を発揮。自身の持つ猫族へのこだわりを、ライオン丸などのヒーローデザインへと昇華した。『風雲』のOP冒頭に登場する、目が動くライオン丸の絵もうしおそうじ本人によるものだ。
三池 そう、鷺巣さんがうしおそうじとして漫画家になられる前の段階ですね。そういう関わりもあって、おそらく鷺巣さんは戦後も東宝特撮の現場にも顔を出していたのではないかと、僕は思います。円谷組で美術をずっとやっていた井上さんの仕事を鷺巣さんが認めて、ピープロでスタッフが必要な時に、鷺巣さんの方から井上さんにも声をかけたんだと思いますね。
だから井上さんは『マグマ大使』はやっていないけど、『スペクトルマン』以降のピープロ作品にはアルファ企画として大体関わっていますよね。
──井上さんとアルファ企画によるピープロでの仕事は、代表的なものとしてはやはり主人公のキャラクターなどを造形した『電人ザボーガー』になるでしょうか。
三池 そうですね。アルファ企画では、『電人ザボーガー』はザボーガーのマスク・スーツとバイク(マシーンザボーガー、マシン・バッハ)、そのほかサタンボーグやテッカーマなどのキャラクターを何体か作っています。
『電人ザボーガー』より。
ザボーガーと第6話に登場するテッカーマ。いずれもアルファ企画でスーツが制作された。ザボーガーは肘や膝などに蛇腹の関節を施してあり、高い造形技術を感じさせる。
三池 あと『快傑ライオン丸』と『風雲ライオン丸』それぞれのライオン丸も、井上さんご自身のご記憶としては一応「やった仕事だ」とおっしゃっていました。実際に複数のマスクを作っている写真も残っているんですけど、ライオン丸の造形は高山良策さんがやっているわけでしょう。その棲み分けは何なんだろうなと思ったら、井上さんが手掛けていたライオン丸はどうもアトラクション用みたいですね。当時はヒーローショーもいっぱいやっていましたから。つまりライオン丸は本編の撮影用を高山さんが作って、量産してヒーローショーで使うものを井上さんが手掛けたのかなって、井上さんの遺された写真を見る限りはそう思いますね。ただ『風雲』の方はアルファで作ったマスクが撮影用にも見えるし、もう少し新たな資料の発掘を待たないと断言できないですね。
それから『快傑ライオン丸』ですとペガサス、ヒカリ丸はミニチュア撮影をやっていて、その造形物を井上さんが制作している写真が残されています。特撮で使うヒカリ丸をアルファ企画で作っていたんだと思いますね。また『快傑ライオン丸』の大魔王ゴースンも、撮影で使用したスーツをアルファ企画で制作しています。
──井上さんの資料のアーカイブ作業中に、ゴースンのほか数点、明らかにうしおそうじさん直筆と思われるデザイン画も発掘されました。あれはうしおさん=鷺巣さんから井上さんに直接渡されたものなのでしょうか?
三池 そうでしょうね。ピープロとアルファ企画、それぞれの社長同士の話ということで、発注する際の予算も含めて決めていたんじゃないかな。
──こうして数々の仕事をうかがっていくと、ピープロ作品を下支えする重要な役割を井上さんとアルファ企画が担っていたわけですね。
三池 そうですね。アルファ企画も元々はミニチュア作りが専門で、建物だったり乗り物だったりのミニチュア制作を手掛けるところから始まっています。そこにキャラクター造形に関係する仕事もどんどん入ってくるようになったわけです。
他社作品ですけど『ダイヤモンド・アイ』(73年)もそうですね。あれはもう敵味方ほとんどの造形物をアルファ企画で作っていた。もちろん井上さんご自身が造形物の全てをメインでやっていたわけじゃなくて、そういう分野に手慣れた人を呼んで作ってもらっていたとは思います。スーツなどにギミックを仕込むのにも、高木明法さんというトップクラスの技術者がいたわけですしね。
この時代は本当に作品数がすごいわけですよ。週に1本放送するだけでも大変ですけど、そのための造形物を作る方は同時に並行して複数やっているわけですから。相当手が足りない感じの印象は、色々な作品で感じますね。
──先日、鷺巣さんの息子で現在のピープロ社長でもある鷺巣詩郎さんにお話をうかがいましたが、『マグマ大使』や『怪獣王子』で造形を担当した大橋史典さんからピープロが受けた影響は、後年まで色濃かったとおっしゃっていました。
三池 造形業界の歴史の中では、大橋さんってちょっと謎の人ですよ。東宝でも『獣人雪男』(55年)を手伝って、演者としても出演されているわけですよね。僕はそのあたりは詳しくなくて、大橋さんの歴史は僕も分からないです。おそらく造形の品田冬樹さんが一番詳しいですよ。
大橋さんをはじめ、鷺巣富雄さん独自の人脈もピープロの大きな特徴になっていますよね。先ほど挙げた渡辺善夫さんの作画も、やっぱりすごかった。『マグマ大使』で無重力によって物が上空に浮き上がる時の絵とかも、ものすごいインパクトがありました。マグマ大使の胸からミサイルが出るところも、子どもながらに「ちょっと絵っぽいな」とか思うんだけど、それが独特のピープロカラーでしたね。それを『スペクトルマン』や『快傑ライオン丸』以降でも持ち味としてずっと継続していくわけです。
『鉄人タイガーセブン』より。
愛車スパーク号にまたがるタイガーセブン。このスパーク号もアルファ企画で制作された。ややローアングル気味に撮られた珍しい写真で、フロント部分の底面など、造形のディテールを見ることができる。
【第五回に続く】