下町画廊 VOL VOLARE[ボルボラーレ]のプロデューサー写真家・高島史於の娘の舞です。
過去の家族のLINEや私の記憶を頼りに、このプロジェクトがどう進んでいったのか、残していきたいと思います。
-----
父の病気の話しのつづきです。家族内で語り継がれる伝説のお話です。
長くなりそうなので、今回で終わりにします。
2021年~2022年に手術や検査、抗がん剤治療などで何度か入院をしていた父ですが、
入院すると家族のLINEに「史於の入院日記」が送られてきます。
「中庭にローズマリーがあったので、ローズマリーティーにしてみました」
「朝食の牛乳をとっておいて、今、ロイヤルミルクティーにしました」
「昼食の○○をレンジでチンして○○にして食べました」
などなど、快適入院ライフのLINEが来て、本当にどこにいても生活を楽しめる父に関心していました。
そして、退院すると、一気に解放されたように
「○○のカツサンドがどうしても食べたいので食べてから帰ります」
「○○の赤ワインが飲みたいのでワインとワイングラスを買って帰ります」
「タンカレー、ひとたれでいいのでお願いします」
と、周囲の心配をよそに、本人は食欲も意欲も旺盛でした。
きっと、この何度かの入院生活の間にも、ギャラリーのことを妄想していたのだと思います。
もしかしたら「死」ということも考えていたのでしょうか。
まだ整理のできていない過去の写真や作品をどうにかしたいと思ってのギャラリー、、、だといいのですが、、、。
次女の私は父の作品に対して割と理解がありますが、姉と弟はあまり理解がありません。(今は多少あるかもしれませんが)
もし、あのまま父が死んでしまったら、、、父の作品は日の目を浴びずに、、、ゴミとなっていた可能性があります。
このギャラリー計画は父の妄想と暴走で始まりましたが、私自身は父の作品が最後に?少しでも日の目を浴びる機会ができればと思っています。
長くなりましたが、この病気や入院生活が父にとってギャラリーオープンのきっかけになったと思うので、残しておきました。
https://volvolare.com/preparation/68/