2018/04/29 14:17

「銀座オープンまで」

〈出逢っちゃったな…魅力的な物件というやつに〉

正直わたしは銀座という街をまったく知らなかったのです、十代から遊ぶのは渋谷と相場は決まっていました。
当時はストリートカルチャーや90年代のエネルギッシュな若者文化の全てが渋谷に集まっていました。
わたしはそんな時代にDJとしてデビューし渋谷のカルチャーを支える側として渋谷で遊び、渋谷で働き、渋谷に住んでいました。
渋谷で一日過ごせと言われれば、「喜んで~、なんなりに~」と言えるのですが、じゃあ銀座で一日過ごせと言われたら皆目どうしてよいのか分かりません。

「町田さん、ここは本当にオススメ、これ絶対すぐ決まっちゃうよ」

待ち合わせした不動産業者さんは以前もう既に5回くらい内見に付き合ってもらい、友達のような感覚でありながらもなかなかの営業上手でどうやらこの物件をわたしに決めて貰いたい様子のようでした。
どれどれ、まあこっちは散歩気分で来ただけですがね…、そんな気分でわたしは物件の扉を開けました。

扉を開けた瞬間、長く人が大切に使っていた家のような匂いがしました。
祖母の住んでいた昭和建築の家のような、古いが世話が行き届いている、そんな懐かしさを秘めた匂い。
埃やカビの匂いではなく、長く使った木材の匂い、それを丁寧にケアして使っている「雰囲気」が匂いとして、わたしの脳裏を刺激したのです。

物件の細部を見るまでもなく、ここは良い「場所」だな、というわたしの直感が働き出しました。
綺麗に使われているキッチン、カウンター、グラス棚、その全てが古いながらに輝きを放っている、トイレも申し分ない、冷暖房も正常動作、照明や内装も昭和後期の雰囲気を持っていて、これは逆に今の時代に新鮮で良い。
確かにビルは古いが銀座の八丁目ということもあり家賃等、周辺費用はまずまずでありますが、この物件を居抜きで使うことの価値はなかなかにありそう、とわたしは思いました。

なにせ「居心地」というやつが抜群に良い、郷愁感に近い安心感のようなものが呼び起こされる、そんなマジックを持つ物件でした。
シンプルに言うと「魅力的な物件」です。
魅力的な物件、つまり是が非でも欲しい空間ということです、何十件も内見をして、やっと出会えた、やっと巡り会えた、そんな気がしたのです。


帰り道の銀座線の中、赤坂見附あたりで、わたしはついつい独り言を言ってしまいました。
「出逢っちゃったな…魅力的な物件というやつに」