2018/05/08 12:14

「銀座オープンまで」 ③〈寿司屋にて…これが縁というやつか〉

「そう、その先週見てきた魅力的な物件ってのがなにせ銀座でさ~、いや~参ったよ…」
急に相談に呼び出したのにも関わらず、よく行く渋谷の寿司屋に足を運んできてくれたのは女友だちのAちゃんでした。
「でも、サザナミさん、本当は渋谷もうそろそろ一旦離れて新しいチャレンジしたいって思ってるんでしょ?」
アパレルで働くAちゃんはセンス良い洋服を着てセンスよく本当の事を言ってくれる、実に素敵な女性です(エンガワが大好きで4貫食べたのにはビックリしましたが)。
確かに20年近く渋谷に根をおろしている自分が最近、新しい土地で新しいチャレンジをしたがっているのは仲が良い人なら筒抜けだったかもしれません。
渋谷がダメ、渋谷が嫌いというわけではありません、多分、自分が変わっただけなのかもしれません…、単純に年齢なのか、お店をやりだしてなのか、2年弱前にスナックを出してからなのか…。
しかし、だからと言って銀座はあまりに土地勘もコネクションもなく自分のような者が行って通じるものか?不安しか無いですよね。
不安が故にビールがすすみ、3杯目のビールを飲み終えた時、わたしはカウンター席で並び合っている還暦くらいの男性の方の視線が強くなったのを感じました。
一瞬、わたしたちがうるさくお喋りし過ぎたかな、と不安になりながら男性の方に申し訳ないです、という意を含め軽く会釈をすると、男性は急にニコっとなって話しかけてきたのです。
「兄ちゃん、お店やってるんか?ごめんな、盗み聞きする気はなかったんだけどさ。銀座にお店出すんか?」
恰幅の良い還暦くらいの男性はマイボトルの焼酎で水割りを作りながら話しかけてきました。
「はい、銀座に良い魅力的な物件を見つけてしまったんです、でも自分銀座には縁もなくコネも知識もなくて…」
わたしが勢いなく話すと男性は黙って頷いていました。
「確かに銀座は簡単な街じゃない、日本で一番の街だしねぇ…。でも、銀座は本当に良い街だぞ!お店やってる人なら絶対出したい街、銀座でお店を出すって言ったら俺らの時代だったら自慢できるようなことだったんだよ!」
力のある男性の言葉に励まされるも、わたしは弱いトーンで「は~」と相づちを打った。
「よし、じゃあこれ!これを持ってCというお店に行きなさい、そこはYという私の後輩がもう何十年もやってるお店だから、そこでYから銀座のこと聞いたらいい」
男性が差し出したのはご自身の名刺でした、Tという本名、代表取締役という肩書の名刺でした。
彼は名刺の裏に「よろしく」と、それと店の電話番号を胸ポケットにさしていた高価そうなボールペンで書くと再び穏やかな笑顔でニコっとしました。
「それにしても姉ちゃん、エンガワ4貫はちと食いすぎじゃねえか?」
T社長も見事なAちゃんの食べっぷりが気になっていたようで笑顔でツッコんでくれました。
その日は意気投合し結局深夜まで3人で飲み語らったのです。
翌日起きると仕事用のデスクの上にT社長の名刺が鎮座していました。
わたしは名刺の裏のT社長の字を見て
「これが縁というやつか~…」とまたも独り言ちたのです。