
【なぜ料理を始めたのか】
僕が料理を始めた理由は、「食べることが好きだったから」ではありません。
もっと切実で、もっと静かな理由でした。
3歳のときに両親が離婚し、父は別の女性のもとへ。
母と兄と3人、女手一つで育ててもらいました。
母はいつも忙しくて、料理に時間をかけられなかった。
出てくる食事は、正直なところ僕の口には合わないことも多くて。
だから小学生の頃から、自分で作るようになりました。
食材を少し変えてみたり、味付けを調整してみたり。
失敗しながらも、「美味しくなったかも」と思えた瞬間は、小さな成功体験でした。
家庭の事情から始まった料理でしたが、
あの頃の「誰かのせいにせず、自分で変える」感覚は、今のシェフとしての原点です。
僕にとってあの頃の料理は、与えられるものではなく、つくり出すものでした。
だからこそ、いま人のために料理ができることを、誇りに思っています。

【片親の子どもたちと過ごした日々】
母は毎日遅くまで働いていました。
だから僕も、夜遅くまで外で遊ぶことが多かったです。
自然と同じような境遇の子たちと一緒にいる時間が増えていきました。
親が共働きだったり、片親だったり。
中には、再婚した親が僕の友人には食事を出さず、自分の子どもだけに作る家庭もありました。
そんな友達がうちに来ると、僕がごはんを作ったりしました。冷蔵庫の中身を見て、何ができるかを考えて、小さな台所でちょこちょこ作る。
そして「うまい!」って笑ってくれるあの顔。
あのときの僕にとって、
「誰かの空腹を満たすこと」や「一緒に食べること」は、特別な意味を持っていました。
料理って、ただ食べさせるだけじゃなくて、
誰かを受け入れる行為でもあるんだと、自然と感じていたのかもしれません。
あの頃のキッチンは、僕にとって遊び場であり、
誰かとのつながりを作る場所でもありました。

【料理を離れて、夢を追った野球部時代】
中学では、一度料理から離れ、野球部に入りました。
小学生の頃から野球をしていた友人たちが、ずっと羨ましかったからです。
片親で育った私は、習い事をする余裕もなく、ようやく中学の部活で夢が叶いました。
母に遠慮しながらも、心の中ではずっと「やりたい」と願っていたのです。
毎朝早く起きて一人で走り、素振りをしてから登校。
部活でも必死に食らいつきましたが、結局レギュラーにはなれませんでした。
悔しかったです。努力が結果に繋がらないこともあるんだと、身をもって知りました。
でもこの経験が、今でも私の支えになっています。
「報われなくても、やり抜いた自分だけは裏切らない」
そう信じられるようになったのは、あの3年間があったからです。

続く……
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