
【給料は下がった。でも、人生の価値は上がった。】
ビストロに入って一番衝撃だったのは料理ではなく「生活そのもの」でした。
ホテル時代の初任給は 185,000円+残業代+社会保険完備+勤務時間は8-12時間/1日休みは月8日。安定そのものの環境。
けれどビストロに入った瞬間、すべてがひっくり返りました。
給与145,000円(みなし残業込み)社会保険なし。国民年金。休みは月3〜4日。勤務時間は13-15時間/1日
手取りを見た瞬間、正直固まりました。「これで本当に生きていけるのか…?」ホテル時代の貯金を切り崩しながら、なんとか日々を回していました。
でも、生活は苦しくなったのに、“料理人としての自分の価値”だけは、毎日上がっていくと感じていました。
ソースの基礎、フォンの取り方、市場から届く魚を見て判断する力、食材を1gも無駄にしない段取り、お客様の表情を読みながら皿を仕上げる感覚。
ホテルでは見えなかった“料理の生きた現場”がここにありました。
そして僕が今お客様に合わせて料理を変える「comme tu veux」の哲学を持てているのは──間違いなくこのビストロでの日々のおかげだと。
あの頃の145,000円の給与も、振り返ればこう言えます。
あれは人生で一番、リターンの大きい投資だった。

【“これくらい”の意味が分かった日】
前菜担当になった頃僕は引き継ぎのたびに質問をしまくっていました。ホテルとはまったく文化が違い、何をどこまで基準にすればいいのか分からなかったからです。
「これは何センチですか?」「何グラムで仕込んでますか?」
でも前任の先輩はいつもこう返してきました。「だいたい、これくらい」
当時の僕はその曖昧さに本気で困っていました。ホテルでは聞けば必ず具体的な数字で返ってくる。だから感覚だけを頼りにする世界が理解できなかったんです。
今なら分かります。先輩は数字を知らないんじゃなくて、お客様の表情、食べるスピード、テーブル全体の流れ、注文の量
そういう“数字にできない情報”を全部見て、瞬間的に判断していた。つまり「これくらい」は、経験と観察が積み重なった正解だった。
ホテル上がりの僕は数字しか見えていなかったからその意味にまったく気づけなかった。
ただ正直に言うと今でも思う。「そこまで言ってくれればよかったのに」
知識は教えられるけど、目と現場の温度は、自分で盗むしかない。
そのことを痛感した、忘れられない出来事です。

【深夜2時の“箸1本事件”が教えてくれた、オーナーの覚悟】
ビストロ時代、僕は一人の先輩と全く噛み合いませんでした。その象徴が「ピーラー事件」です。芽取りが折れたとき、僕は「今すぐ新しいの買ってきます!」と即行動。でも先輩は激怒。「まずシェフに報告でしょ!」僕は“問題をすぐ解決することが正しいと思っていたし、先輩は“オーナーにまず伝えること”が絶対ルールだった。
その価値観の溝を決定的に感じたのが「箸1本事件」。営業中、シェフの愛用の箸が“片方だけ”消えた。それだけで厨房の空気は一変。
営業後、スタッフ全員で総捜索。皿洗い場、ゴミ箱、排水溝まで見続けて――見つかったのは深夜2時。
当時の僕は正直こう思っていました。「箸1本のために、ここまでやるの…?」でも今、オーナーシェフになって気づきます。
あの店のすべての道具は、シェフが自分のお金で買い揃えた“人生の道具”だったんだ。だからこそ壊れたら報告し失くしたら全員で探し、“物を大切にする空気”をシェフは作ろうとしていたんだと。
あの深夜2時の空気は、今の僕の店づくりにも確実に生きています。

続く…
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