
「全ポジション回せる?ただ“都合の良い料理人”だっただけ。」
サービススタッフがもう一人辞めた瞬間、定休日なしのビストロで、僕は一気に「シフトを回すための都合の良い要員」に変わった。
理由はハッキリしている。•前菜の経験がある•魚・肉のストーブ前もシェフと組んでいた•レストランサービスの資格も持っている
つまり、
「どこに入れても回るのはお前しかいない」
という状態。
その結果、僕の1週間はこうなった。
前菜 → サービス → 肉 → 仕込み → サービス → 前菜……
毎日ポジションが変わる。これは“万能”でも“優秀”でもない。ただの ルーレット要員。
「マルチで動けてすごいじゃん」なんて言われるけど、現実は真逆だ。
仕込みの段取りは毎日リセットされ、前日の人のクセや抜けを拾い続け、自分が翌日に渡す時にも見落としが出る。
仕事が毎日ゼロになる感覚。積み上げたはずのものが、毎晩毎晩毎晩消えていく。これが本当に辛かった。
精神的に削られた。
でもそのカオスの中で“店全体を俯瞰する力” が、否応なしに育っていった。

「休み3日。朝7時〜深夜0時。“この店はもうやめよう”が頭をよぎった。」
ルーレット要員のまま突入した12月。クリスマスシーズンのビストロは、完全に“戦場”だった。
勤務は朝7時出勤 → 深夜0時退勤。
家に帰って寝て、起きたらまた厨房。時間の感覚が消えていく。
休みは月3日。実質ほぼ“連勤31日”。
仕込みは倍。予約は毎日満席。鍋の音、シェフの怒号、呼び出しの声。全部が耳に刺さる。
休憩は0〜20分。座った瞬間に、体が「もう立ちたくない」と悲鳴をあげる。
深夜、片付け後の静まり返った厨房でステンレス台に映る自分の顔を見て思った。
「今日も乗り切った。でも、明日が来るのが怖い。」本当に毎日、明日が来るのが怖かった。
気づけばもう大晦日だった。12月がどうやって過ぎたのか、説明できない。
ただ一つだけ分かるのは、あの地獄みたいな12月を生き延びたことで、僕の“限界値”がまた書き変わったこと。

「鍋を焦がした夜、朝4時まで“許されない料理人”だった。」
このビストロでのある日、僕はステンレスの鍋をひどく焦がしてしまった。
オープンキッチンだから、鍋は常にピカピカじゃないといけない。でもその日は焦げついた時間が長すぎて、底の黒ずみがまったく取れなかった。
営業後、必死で磨き続けた。だけどシェフに言われたのはたった一言。
「元の色に戻るまで帰るな。」
そこから、地獄が始まった。
厨房に一人。水音だけが響く深夜。ステンレスの鍋をひたすら磨く。
0時、1時、2時、3時……指の感覚はなくなり、腕は攣り、でも鍋の黒ずみは無くなっても、鍋のすれた色は元通りではない。
朝4時。
磨いても磨いても、ステンレスは元の色に戻らなかった。仕方なく一度帰って、シャワーを浴び、10分だけ目を閉じて出勤した。
そして店に着いた瞬間、シェフの第一声。
「こんなの使えないだろ」
次の瞬間、頬に衝撃が走った。
黒ずみよりも、“努力しても許されない”その事実の方が、胸に深く刺さった。
あの夜の音、あの朝の痛みは今でも絶対忘れない。

続く…
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