
「意味ないだろ。その一言が今でも残っています。」
ルーレット要員として前菜、仕込み場、サービス、ストーブ前をぐるぐる回る中で、どうしても引き継ぎ漏れが出ているので、「引き継ぎをもっと仕組みにできないか」そう思った僕は、担当した場所の食材や発注を“数値化”し始めました
この数を切ったら発注この食材が○○gになったら仕込みこの調味料は3日でなくなる
数字にして共有することで、店の漏れは少しずつ減っていきました。「これでみんながラクになる」と本気で思っていました
しかし、1ヵ月ほど経った頃です
シェフが厨房の奥から出てきて、私の手元を見た瞬間に怒号が飛んできました
「そんなことやってても意味ないだろそんなクソみたいなことに時間かけてんじゃねえ!!!」
あまりの剣幕に言葉が出ませんでした。正直、そのときは理解できなかったです。“漏れが減っているのに、なぜダメなのか”と。
今オーナーシェフになって分かります発注は数字では決まらないということです“食材の状態“価格“旬“生産者の都合“店の流れ毎日変わるものを目で見て判断する部分が多い店だったからです
ただ、当時の私は任された役割の中で、必死に店のために動いていたつもりです。それがうまくいかなかった悔しさも、今でも覚えています。
シェフの言葉は刺さりましたが、その否定がなかったら“料理人としての目”を持つ大切さに気づけなかったと思います。
あの頃の自分に言いたいです。「間違っていなかったよ。でも、まだ見えていない世界があっただけだよ」と。

「電車代がもったいないから、近くに引っ越せ」
クリスマスが終わり年が明けた頃のことです。ある日、シェフに呼び出されました。
当時の僕は店から電車で30分ほどの場所に住んでいました。終電がなくなる日も多くそういう日は自腹でタクシーに乗って帰ることもありました。
その状況を知っていたシェフからそのとき言われた言葉は、
「電車代がもったいないから、近くに引っ越せ」
会社から引越し補助が出るわけでも、家賃補助が出るわけでもありません。交通費以外に何か支援があるわけでもありません。ただ「近くに住め」という一言でした。
当時の僕は、その言葉をどう受け止めていいのか分かりませんでした。生活のことなのか、仕事のことなのか、それとも単に“効率”の話なのか。
正直、少し引っかかりました。
ただ、今になって考えると、シェフの立場からすれば、毎日発生する交通費が惜しいと感じたのも事実なのだと思います。
それは、従業員の生活を良くしたいという意味ではなく、店を回すためのコストとして見たときの話です。
今、僕自身がオーナーシェフになってみて、その感覚が分からなくもない、というのが正直なところです。
ただ同時に、あのときの自分に、同じ言葉をそのまま投げられるかと言われると、自信を持って「はい」とは言えません。
あれは、成長のための助言だったのか。それとも、ただ都合のいい判断だったのか。
今でも、その答えは出ていません。

【最先端じゃなかった。でも、ブレていなかった。】
当時働いていたビストロは、驚くほど伝統料理しか作らない店でした。
ホテルでもフランス料理は多少やってきましたでも「フランス料理の伝統」を本当の意味で理解できたのはこの店で働いてからだと思います。
シェフの事務所に入ると、壁一面に並んだ古い料理書クラシックの専門書。最新の技法の本は、ほとんどありませんでした。
聞けばシェフ自身はフランス料理の現場経験がそこまで多いわけではなかったそうです。だからこそ、ズレないために伝統を徹底していた。
当時は分子ガストロノミーが流行っていた時代。「古いな」と思われていた料理。
でも仕込む料理はすべて本物でした。
リヨン風のクネル。仔牛のブランケット・ド・ヴォー。パテ・クルート。豚の頭のゼリー寄せ。
どれも誤魔化しがきかない。料理の芯が詰まっていました。
今振り返るとあの店は“攻めなかった”のではなく、あえて戻っていたのだと思います。
それが正解だったかは今でも分かりません。ただ、僕の料理の土台があの伝統の中にあるのは、間違いありません。

続く…
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