
みなさん おはようございます!
昨日はオフの日でしたが、三原村では防災訓練の日
私の集落 芳井地区でも、朝9時に
けたたましいサイレンと共に、防災訓練が行われました。
芳井集落は、村内で最も深刻な過疎化の進む限界集落
集落の全員10人が、集会所に集合~!!
参加した方々 みんな真剣そのもの!!
過去には芳井集落も、大雨による土砂災害によって
数か月間孤立したということが、村史に記録されています。
何か起こってからでは何もできませんので、
常日頃の準備や気構えはとっても大事ですよね!
私も集落の「若い衆」として、お役に立てることは
ドンドン参加していきたいと思っています。
三原村の歴史が記されています
2001年09月06日
(2001年9月6日未明から午前中にかけて、
高知県西南地域では、秋雨前線に伴う集中豪雨に見舞われた。
村内では、広野、亀ノ川、下切の3集落の雨量が700ミリを超え
下長谷の土屋橋付近では下ノ加江川の水位が村道皆尾線を越え
久繁の民家に流れ込んだため、大正9年の豪雨に匹敵した。
西部地区では県道の決壊や河川の護岸流失、山腹の崩壊も多数
激甚災害地の指定を受けた。
1975年8月17日
土佐沖を北上した台風5号は宿毛市付近に上陸し、
北上して周防灘から日本海方面に抜けた。
三原村では午前9時頃から風雨が強まり、強風で役場庁舎は全滅
隣接の中央公民館を仮役場とした。
被害は負傷者3人、住家の全壊54戸、半壊81戸、一部損壊805戸
非住家の全壊93棟、半壊268棟、一部損壊359棟のほか、
農林業施設、被害額は31億3,506万円余に及んだ。
1920年08月15日
大洪水が発生し、三原村は有史以来の大災害を受けた。
被害は死者19人、負傷者15人、牛馬の圧死4頭、流失2頭、
住家の流失13戸、埋没・破壊60戸、半潰80戸、浸水100戸、
非住家の全潰100戸、半潰30戸、流失30戸、浸水400戸、
山林崩壊1万箇所、田地の流失・埋没114町5反歩、
10年以上荒地免租地66町9反歩、畑地の荒廃13町歩余、
その他至る所で道路が流失・埋没、堤防が決壊・流失、
一望荒原が連続した。
1886年08月21日
1886年8月21日より9月24日まで、数回の暴風雨により、
諸作物は損傷し、中でも稲作は皆無となった。
家屋の倒壊・半潰は無数であり、倒壊は免れても
屋根を剥ぎ取られない家は皆無といってよいほどであった。
また、降雨が激甚であったために、各所に無数の山崩れ、
川沿いの田地では表土の流失、深渕化し、
堰、堤防の決壊・破損は甚大であった。
そのため、作物は田畑とも極端な凶作に陥り、
山ではツワブキの茎と葉を採り、
野ではホゼ(曼殊沙華)の球茎を掘り起こしたほどであった。
1886年08月20日
暴風雨がひどく、強風で立木は倒し尽くされ、住家の全半壊
また、降雨も激しく、山崩れも多く発生し、
田畑堤防の決壊甚大農作物も凶作で、山野草を食べ尽くした。





