
みなさん、おはようございます!
本来なら先週行われるはずだった、三原村の一斉清掃。
あの大雨で順延となり、たっぷり水を吸い込んだ草木は、
たった数日で恐ろしいほどの生命力を爆発させていました。
人の背丈ほどに伸びた草むら。
誰かに頼まれるのを待つのではなく、真っ先に草刈り機を背負い、
一番の重労働に向かう。
それが、この芳井集落で「いちばんの若い衆」である、
55歳の私の当たり前の日常であり、大切な役目です。
唸るエンジン音。
飛び散る泥と、むせ返るような青草の匂い。
集落の心臓部である集会所の周りや道沿いを、汗だくになって刈り進めていきます。
ふと横を見れば、腰を曲げ、黙々と鎌を動かす70代、80代の大先輩たち。
その痛むであろう体を押して働く背中を見れば、私が休むわけにはいきません!
少しでも皆さんが安全に過ごせる場を作るのが「若手」の心意気というものです。
しかし、エンジンを止め、息をついて周囲を見渡すと、
そこには、決して目を背けることのできない「現実」が横たわっています。

ポツポツと目につく、主を失った「空き家」たち。
手入れされなくなった庭は、あっという間にツルや雑草に覆われ、
家屋ごと大自然に飲み込まれようとしています。
平均年齢が上がり続け、年々人が減っていく「限界集落」での一斉清掃。
限られた人数と時間、そして老いていく体では、
「集落のすべてを綺麗にする」ことはとうの昔に物理的な限界を迎えています。
こうして私たちが必死に抗わなければ、
先人たちが血の滲むような思いで切り拓いたこの美しい集落は、
ほんの数年でただの山に還ってしまうでしょう。
草刈り機を振るうたびに、大自然の暴力的なまでの力強さと、
この集落が抱えるギリギリの現実が、重たい疲労となって腕にのしかかります。
一仕事を終えた後の、短い休憩時間。
みんなで集まり、用意されたあたたかいお茶で渇いた喉を潤します。
「お疲れさん」「綺麗になったねえ」
交わす言葉は、決して多くはありません。
泥にまみれた長靴、深く刻まれた顔の皺、そして、重い体を労わるような静寂。
「あと何年、こうして皆で集まれるだろうか」
誰も口には出しませんが、心地よい疲労感の底には、
そんな切ない共通認識が静かに流れている気がします。
それでも、同じように泥だらけになり、この厳しい現実の中で共に踏ん張る者同士。
ここにあるのは、間違いなく「家族以上のコミュニティ」です。
共に汗を流し、共にこの「帰る場所」の風景を一日でも長く守り抜く。
綺麗事だけでは済まされない現実の中で、
言葉以上の深い信頼で結ばれたこの関係性は、私の何よりの「心の支え」です。
「おや、また降ってきたな」
お茶を飲み終える頃、ポツリ、ポツリと、空から再び雨粒が落ちてきました。
容赦のない台自然の力にはどうしても抗えず、一斉清掃はここで終了となりました。
空き家の草は、またすぐに伸びてくるでしょう。
それでも、こうして皆で集まり、無言で心を通わせてお茶を飲み交わす限り、
この集落の温かさや、先人たちの生きた証が完全に消え去ることはありません!
圧倒的な大自然の力と、過疎化・高齢化という待ったなしの現実。
決して楽観視できる状況ではありませんが、
私はこの愛すべき芳井集落で生業をたてる生産者として、
これからもこの土地と、そこにある生命に、泥臭く真っ直ぐに向き合い続けます。
明日からも、家族のようなみんなのために。
雨に濡れてさらに青さを増す草木の匂いを深く吸い込みながら、
「いちばんの若い衆」として、ここで誇りを持って生きていく覚悟を、
そっと噛み締めました。




