
転倒は高齢者の骨折や寝たきりの主要な原因となり、健康寿命を大きく縮める要因です。しかし、適切な筋力トレーニングによって転倒リスクを大幅に軽減できることが研究で明らかになっています。ここでは、転倒予防に特に重要な筋肉群とその効果的な鍛え方を解説します。
1. 大腿四頭筋(だいたいしとうきん)

位置と機能:
太ももの前面にある大きな筋肉です。膝を伸ばす動作やブレーキをかける働きがあり、立ち上がりや歩行の安定性に直結します。
転倒予防における重要性:
- 歩行時に足を踏み出した際、前に転ばないようにブレーキをかける
- 立ち上がる際の安定性を確保する
- 階段の上り下りをサポートする
- 転倒しそうになった時に身体を支える
効果的な鍛え方:
1. 〈椅子スクワット〉
- 椅子の前に立ち、ゆっくりとお尻を引いて座る動作を行う
- 椅子に軽く触れるか座る直前で止め、ゆっくり立ち上がる
- 10〜15回を2〜3セット行う
- 膝が内側に入らないよう注意し、膝はつま先の方向に向ける
2. 〈膝伸ばし運動〉(座位)
- 椅子に深く座り、片足の膝をゆっくり伸ばす
- 完全に伸びた状態で5秒間キープ
- ゆっくりと元の位置に戻す
- 左右交互に10回ずつ、2〜3セット行う
- 慣れてきたら足首にウェイトバンドをつけると負荷が増す
3. 〈足を前に踏み出す運動〉(立位)
- 手すりや壁に軽く手を添えて立つ
- 片足を前に踏み出し、膝を曲げながら体重を乗せる
- ゆっくりと元の位置に戻す
- 左右交互に10回ずつ、2〜3セット行う
4. レッグエクステンション(専用マシン使用)
- トレーニングジムなどで行う場合、専用マシンでの膝伸ばし運動が効果的
- 膝関節への過度なストレスを避けるため、動作はゆっくり滑らかに行う
- 適切な重量設定で怪我を防止する
スクワット
2. 前脛骨筋(ぜんけいこつきん)
位置と機能:
すねの外側にある筋肉で、足首を曲げてつま先を持ち上げる「背屈」の動きを担います。
転倒予防における重要性:
- 歩行時につま先が地面に引っかからないよう持ち上げる
- 歩行のスムーズさを確保する
- つまずきを防止する
- 高齢者に特に弱くなりやすい筋肉
効果的な鍛え方:
1. 〈座って足先上げ運動〉(トゥレイズ)
- 椅子に座り、かかとを床につけたまま
- 左右の足先を同時に上げる
- ゆっくりと戻す
- 20回×2セット行う
- 前すねのやや外側部分を自分で触りながら行うとより効果的
2. 〈立って足先上げ運動〉
- 立った姿勢で手すりなどにつかまる
- かかとを床につけたまま、つま先を上げる
- 20回×2セット行う
- 座位よりも負荷が少なく、初心者に適している
3. 〈タオルギャザー〉
- 床にタオルを広げて座る
- 足の指でタオルをたぐり寄せる
- 足指と前脛骨筋の複合的なトレーニングになる
3. 中殿筋(ちゅうでんきん)
位置と機能:
お尻の横側にある筋肉で、股関節の安定と横への動きを担います。
転倒予防における重要性:
- 片足立ち時のバランスを保つ
- 歩行中に体が左右にぶれるのを防ぐ
- 骨盤の安定性を確保する
- 弱化すると歩行時にふらつきやすくなる
効果的な鍛え方:
1. 〈横向きの足上げ運動〉(サイドレッグレイズ)
- 横向きに寝て、上になった足をゆっくり上げる
- つま先は下を向け、おへそも下に向ける
- 脚はやや後ろに引いて、斜め後ろに上げる
- 10回×2セットを両側で行う
2. 椅子を使った足開き運動
- 椅子に座り、膝にセラバンドを巻く
- 足は閉じたまま両膝を開く
- ゆっくりと元に戻す
- 20回×2〜3セット行う
- 左右均等に膝を開くよう意識する
3. 立位での横への足踏み出し
- 手すりに軽く手を添えて立つ
- 片足を横に踏み出して、体重を乗せる
- ゆっくりと元に戻す
- 左右交互に10回ずつ、2〜3セット行う

4. 下腿三頭筋(かたいさんとうきん)
位置と機能:
ふくらはぎの筋肉で、足首を伸ばす(つま先立ち)動作を担当します。
転倒予防における重要性:
- 歩行の推進力を生み出す
- バランス維持に重要な役割を果たす
- 歩行速度や安定性に関与する
効果的な鍛え方:
1. 〈かかと上げ運動〉(カーフレイズ)
- 両足で立ち、手すりや壁に軽く手を添える
- かかとをゆっくり上げ、つま先立ちになる
- かかとをゆっくり下ろす
- 15回×2〜3セット行う
- 真上にかかとを上げるイメージで行う
2. 座ってのかかと上げ
- 椅子に座って両手で両膝を下方向におさえる
- 手をおさえたまま、両かかとの上げ下げを行う
- 20回×2〜3セット行う
- 膝の角度を90度にすると効果的
5. 大殿筋(だいでんきん)
位置と機能:
お尻の大きな筋肉で、股関節を伸ばす動作を担います。
転倒予防における重要性:
- 体を前に進める力をサポート
- 姿勢保持に関与
- 立ち上がりや階段昇降に重要
効果的な鍛え方:
1. 〈ヒップリフト〉(ブリッジ)
- あお向けに寝て膝を曲げ、かかとを床につける
- お尻をゆっくり持ち上げる
- 上半身と太ももが一直線になるまで上げる
- 5秒間その姿勢を保持する
- ゆっくりと元に戻す
- 10回×2〜3セット行う
2. 〈ランジ〉
- 直立姿勢から片足を前に踏み出す
- 前足と後ろ足の膝を曲げ、体を下げる
- 前膝が90度になるまで下げ、そこから元の姿勢に戻る
- 左右交互に10回ずつ、2セット行う
- バランスが不安定な場合は手すりを使用する
ランジ
転倒予防のための複合トレーニング
これらの筋肉を効果的に鍛えるための複合トレーニングも重要です:
1. 〈バランストレーニング〉
- 片足立ち:手すりや壁に軽く触れながら、片足で30秒立つ
- タンデムスタンス:両足をつま先かかとがくっつくように一直線に並べて立つ
- これらは筋力とバランス能力を同時に鍛える
2. 〈ウォーキング〉
- 普段より少し大きめの歩幅で歩く
- 腕を大きく振る
- 週に3〜4回、20〜30分行う
- 複数の筋肉群を同時に使うため効果的
3. 〈ラジオ体操〉
- 全身の筋肉をバランスよく使う
- 特に第一体操は転倒予防に効果的
- 毎日継続することで効果を発揮
トレーニングを行う際の注意点
1. 無理をしない
- 体調や体力に合わせて、無理のない範囲で行う
- 痛みが出た場合はすぐに中止する
2. 安全環境で行う
- 手すりや壁の近くなど、支えがある場所で行う
- 滑りにくい床面で行う
3. **継続的に行う**
- 筋力トレーニングは継続することで効果が出る
- 週に2〜3回を目安に定期的に行う
4. 専門家に相談する
- 持病がある場合は、医師に相談してから始める
- 正しいフォームで行うため、指導を受けることも大切
まとめ
転倒予防には、大腿四頭筋、前脛骨筋、中殿筋、下腿三頭筋、大殿筋といった下半身の筋肉を重点的に鍛えることが重要です。これらの筋肉はバランス維持や歩行の安定性に直接関わっており、適切なトレーニングを継続することで転倒リスクを大幅に軽減できます。
初めは簡単な運動から始め、徐々に負荷を増やしていくことで、安全に筋力を向上させていきましょう。筋力トレーニングとバランストレーニングを組み合わせることで、より効果的な転倒予防が可能になります。
日常生活の中で意識して体を動かすことも大切です。階段を使う、少し遠回りして歩く、座っている時間を減らすなど、日々の小さな積み重ねが転倒予防に繋がります。
〈参考資料〉
[理学療法士監修:転倒予防体操](https://rehab.cloud/mag/2285/)





