こんばんはー
活動報告40日経過しての続きを書きます。
美容師から、農家への転身
物心ついた時から「夢はカリスマ美容師」と言い続けて、一心不乱に美容の道を突き進んできていた私でしたが、ある日、、、スパッと美容をやめて、農家へ転身するタイミングが来ました。
きっかけは、うーーーん、、、
美容師として、経営者になれないだろうと思ったからです。
昔から、いつか、いつの日か経営というか、自分で何かをするんだろうと、なんとなーーーく、本当になんとナーーく頭の片隅ありました。そして、30歳を目前に真剣に自分の将来をイメージしてみたとき、、、
つい最近、10年近く培ってきた自分の技術が全く世界に通用していない、狭い世界(日本人の髪の毛、夜向けのスタイル、ブライダル)でしか生きていなかった事に気づいて、こんなんじゃ自分の店なんか持てない!フリーにもなれない!
これからまた、じゅじゅじゅじゅ、、、10年下積み、、、??
アメリカで10年やって、そしたら日本のスタイルが体から抜けて、、、トレンドも大きく変わるし、、、
そしたら、また下積み、、、????
などなど考えていたら怖くなってきた。
自分がオールマイティーに技術を習得しないと1人前じゃない!独立なんて出来ないと思っていた!!実際に、いつもと違うスタイルのオーダーが来ると、緊張してしまう。そして、さらに、私は人の作ったスタイルに口は出さないけど「ここがこうだったら、うーー襟足こうだったら、、、」とか思っていた。だから、独立してバイトやスタッフを持てるようになった時、きっと口を出すだろう!自分が前に出るだろうと。思った!!そんな、オーナーがいるところで私なら絶対に働きたくないなぁーーーと心底思って、
下積みをし続ける世界も、美容での独立姿も正直全くイメージが出来なかった。
ここから、自分は他に何に興味があるかを考え始めます。。。。。
現体験として、言葉も文化も、国も違うところに来て、衣食住がまず本当に大切だと、切実に感じました。特に『住』 次に『食』 そして『衣』
この中で、興味があるのは『食』だなぁーに行きつく。
日本の農業衰退しているんだよなぁーー
実家、農業だったよなぁーーーー
とこんなことを、グルグル考えていた時に父から「えのきの加工品をやらないか?」と言われた。
うーーーん、どうしよう、、、
田舎に帰るのかーーーー。。。
まぁ、食に携われるのかーーー
うーーーん、うち、一応会社だから経営の勉強できるかも!
それに、心から好きな職業じゃない方が、『良い加減』で出来るかも!とも思いました。
私は、技術に関して自分が納得自分で完璧にできないと!と思うところが強いので、いい加減ではなく『良い加減』を出来る人をとてもうらやましく思っていました。
そして「やる」と決めて帰国を決めます。
NY生活約2年 全く話せなかった英語はタイムラグなく理解が出来て、簡単な返答が出来るようになった。 土地感も頭に入った、電車もタクシーも覚えた。一人でアメリカ以外の国も行けるようになった。英語で電話接客もできるようになった。いろいろ出来るようになったタイミングで、とてももったいないように思えたけど、未来をイメージできない方が耐えられませんでした。
そして、みんなにお別れを言って、鹿児島の大隅半島に帰りました。
-NYで学んだこと-------------------------------------------------------------------------------
1,自由には責任が伴うということ。
2,言葉の壁はもちろんあるけど、聞く側と、伝える側に気持ちがあると、大抵のことは伝わるということ。
3,日本人というだけで、海外の方からとても信用される。(日本の文化を作ってくれた先人に感謝)