これは、可愛過ぎてたまらん♥ファンシーベル♥こんばんは♪しばらく離れてX投稿しておりました。少し前に楽しい動画を投稿する予定であると言っていたのですが、この活動報告のページに動画が載せれなくて・・・スミマセン・・・なので、Xの方に短い動画を投稿致しました。内容はキョウイチ外乗に行く♪(笑)7年前にキョウイチが群馬県の乗馬クラブにいた頃にTV番組でアナウンサーの女性を乗っけて外乗をすると言うもの・・・(笑)観て頂けると嬉しく思います。可愛くもあり、楽しくもあり、それよりも私達はキョウイチが暴れる事なく、初心者の人を乗せて外乗が出来ると言う事に感動してしまいました。それに、キョウイチのファンが続々、増えてます(笑)ヤッタネ♥青草は美味しいかい?さて、12月も半ばに入ろうとしています(早いなー)このクラウドファンディングも後20日程です。皆様のお力添えのお陰で目標金額の1/3達成する事が出来ました。有り難うございます。ただ、まだまだ目標金額には追いつきません。とにかく、馬達の為に頑張り抜きます!!!もう少しの間、お声かけ等、お力を貸してやって下さい。宜しくお願い致します。 ちょっと息抜き♥馬の変顔(笑)馬のアップって何であんなに可愛いんでしょうね(笑)後、訳判らん(笑)顎外しとか(笑)今日は少しだけそんな写真を〜ホッコリして下さいね♪なんか口濡れてね?(笑)スピードリュウオーの鼻(笑)で?馬達はみんな元気です。次回は馬のトナカイ化です(笑)
こんばんは♪前回は私達の馬の父セキテイリュウオーをご紹介させて頂きました。今回は父キョウトシチーを少しですがご紹介させて頂きます。キョウトシチー(牡) 鹿毛幾千世牧場にて 1991年5月3日~2011年3月29日(20歳没)サッカーボーイ×マウンテンクィーン(母父ニゾン)サッカーボーイの初年度産駒です。栗東の中尾謙太郎厩舎にいました。1993年デビュー。主な勝鞍は、1995年ウィンターS(G3)1996年シーサイドS(G3)、名古屋大賞典(交流重賞)、東京大賞典(交流重賞)、1997年浦和記念(jpn2)、白山大賞典(jpn3)1998年白山大賞典(jpn3)※当時、中央競馬と地方競馬の交流競走はグレード概念がなかったので、交流重賞といいました。グレードが出来たのは1997年4月からでjpnと言われる様になりました。 1998年にはドバイワールドカップ(G1)にも出走しました。主戦ジョッキーは松永幹夫騎手。安藤勝己騎手も数回手綱を取っておられましたね。中央31戦 1着8 回、地方24戦 1着5回、海外1戦。 併せて56戦13勝。1999年10月引退。地方競馬と中央競馬の交流競走を盛り上げた競走馬生活6年、実に息の長い競走馬生活でした。キョウト水を飲む♪2000年から種牡馬生活をスタート。2009年種牡馬引退。キョウトシチーの子供は中々、競馬には向かないと言われていました。今現在、残っている産駒も少ないと思われます。やっぱり、気難しいのでしょうか・・・?(ドリーム・ハートはもれなくです笑笑)2009年に種牡馬を引退してからは、日高の幾千世牧場で繋養されておりました。私も会いに行った事があります。とても穏やかな馬の印象がありましたが、現役時代はいつもピリピリしていたと、ある元調教師さんから聞いた事があります。2011年3月29日残念ながらこの世を去りました。その少ない産駒の内の2頭がここにおります。有名ではないけれど、『無事是名馬』そう思っております。・キョウイチ(騸21)キョウトシチーの1番子でキョウイチ(笑)とってもマイペースで大人しい穏やかな子です。ひょうきんだけど(笑)・ドリーム・ハート(牝19)いつもピリピリしてたりする所は現役時代のキョウトシチーに似てるかもですが、コロコロ変わるご機嫌はThe女馬って感じデス(笑)キョウトシチー、貴方は偉大な競走馬でした。貴方の遺してくれた子供達ももう20歳前後・・立派な養老馬です(笑)絶対に幸せにするからね。見守ってて下さいね。牧場主様の急死により牧場が閉鎖になり6頭分の大所帯での移動費、これから必要になる馬着、その他馬の為に必要な費用・・・6頭分になります。皆様のご支援宜しくお願い致します。
こんにちは♪いつもご支援、ご声援を頂きまして有り難うございます。さて、今日は私達の馬達の父セキテイリュウオーについて少しだけお話させて頂きます。詳しくはウィキペディア等、ネットで検索頂きますと、まだ動画もしっかり残っているのでご覧頂けると思います。セキテイリュウオー(牡)鹿毛在りし日のセキテイリュウオー1989年4月30日ー2011年4月13日 (21歳没)トウショウボーイ×レインボーローズ(母父ファーストファミリー)天馬トウショウボーイ最後の傑作と言われていました。美浦 藤原敏文厩舎。26戦5勝、2着7回、3着1回 緑のメンコ、大きい白のシャドーロール、鬣の渡り編み、後頭部のボンボン・・印象的でしたね。カッコイイ♥有馬記念かな?主な勝鞍は1993年1月5日中山金杯(G3)12月5日ディセンバーS 1994年東京新聞杯(G3) 出走レースはそのほかにも毎日王冠、中山記念、有馬記念、宝塚記念、天皇賞(秋)等たくさん・・・。中でも、重賞の東京新聞杯は小さな身体で59kの斤量での勝利・・凄いです。そして、天皇賞(秋)G1は1993年と1994年の2年連続で2着になりました。93年の秋天では田中勝春ジョッキーの鞭落としハプニングもあり、惜しい2着でした。1991年の新馬戦、1992年の若葉Sも1着でしたね。1600メートル〜2500メートルの芝レースで活躍しました。1996年中山記念が最後のレースになります。1991年の新馬戦から5年の現役生活でしたが、骨膜炎を発症し、常に脚部には不安があったようです。1997年から2009年まで12年間種牡馬生活を送っておりました。その間、私達の馬の産まれたクラウンホースメイトにも繋養されており、父になった次第です。同じ時期に繋養されていたキョウトシチーとはとても仲が良かったと聞いています。2009年に種牡馬を引退してからは、新ひだか町の荒木育成牧場様で功労馬として繋養されておりましたが、残念ながら2011年4月13日病気で亡くなりました。キョウトシチーが亡くなって2週間後だったそうです。現役時代2回も重賞を勝った名馬です。父トウショウボーイよりも、ひと回りふた回り小さい馬だった様です。そして、やっぱり(笑)ビックリするとリアクション大きめだった様で(笑)それら全て、しっかりスピードリュウオー、ハートオブハート、ファンシーベルが受け継いでおります(笑)でも皆、本当にリュウちゃん(セキテイリュウオー)似の可愛くて小さくて真面目な子供達です。私達はそんな貴方の子供達を目いっぱい愛して止まない。・ミタカキイタカ(貴方だけは性格も体格も違う・・・・)・スピードリュウオー・ハートオブハート・ファンシーベル大切に育てて行くからね。牧場主様の急死により牧場が閉鎖になり6頭分の大所帯での移動費、これから必要になる馬着、その他馬の為に必要な費用・・・6頭分になります。皆様のご支援宜しくお願い致します。
こんばんは♪今日も1日お疲れ様でした。もう12月になってしまいましたね〜アッと言う間に来年になりそうです(汗)さてさて、本日は6頭目のお馬さんのご紹介をさせて頂きます。ハートオブハート(牝16)セキテイリュウオー×ビジネススタイル2008年4月15日生まれ 愛称はナナちゃん栗毛の女のコ♥ドリーム・ハートの半妹になります。可愛すぎるから床の間に飾りたい(笑)道営 田部和則厩舎におりました。2010年6月9日デビュー。引退までは月1〜2回、3回位のペースで出走していました。道営なので毎年11月〜翌年3月いっぱい迄は競馬がお休みになるので、その間、牧場でゆっくりしてまた門別に帰る。と、言うパターンで競馬を走っていました。現役時は380キロ位の体重で牧場に帰って420キロ位の体重に戻すという繰り返しだった様です。門別で走っていた当時のハートオブハートダート1000メートル(たまに1200)で出走。2011年9月27日のレースでは五十嵐冬樹騎手で1着になりましたょ♥(コスモバルクの主戦ジョッキーでしたね~バルクも同じ田部厩舎でした)2014年10月21日がラストランになります。68戦1勝(いや、小さい身体で本当よく頑張った♥泣)このハートオブハートのラストランを待って、同月28日他の3頭と一緒に初めて岡山にきました。小さい頃からあまり身体も強くなかったので、牧場でも競馬の厩舎でもとても大事に育てられていた様です。仔馬の頃に喉に食べ物を詰まらせて牧場長さんが必死に介抱したり、競馬では馬込が苦手で、レースが始まる前には全身がブルブル震える様な状態だったりしました。実際に私もその状態を見た事があるのでレースに送り出すのがとても複雑でした(でも、アンタのお姉ちゃんはゲートに入れなくて競馬出来なかったからアンタは凄いと、私は思う・笑)調教後のハートオブハー卜2014年10月から岡山の乗馬クラブにいましたが、ずーっと北海道から出た事のない子でしたので、岡山は少し暑かった様です。人に乗られるとよく蕁麻疹を出したりしていましたね・・乗馬も彼女の精神には少しキツかったのかな?2019年の真夏は渡しておいたサプリメン卜すら与えて頂けなかったのでとても可哀想な事をしました。暑さとストレスで疝痛になってしまったり・・・人間のトラブルに巻き込まれるのはやはり物言えぬ動物という現実を目の当たりにしました。ほんとにごめん(泣)・・2019年9月姉のドリーム・ハートと共に産まれ故郷のクラウンホースメイトに帰厩。お姉ちゃんといつも一緒(笑)北海道にて。5年後の今年2024年6月に牧場の他の5頭と一緒に再度、岡山へー。岡山に来る前の野放しの1カ月は他の馬達と一緒に本当によく耐えました。1番心配してたょ・・・(泣)たった5年間だったけど、大好きな北海道、大好きな牧場、大好きな人達と過ごせて本当に良かったね。これからは皆と一緒にもっと幸せを感じて貰えるように頑張るから・・・・宜しくね♪ナナ。こんな経緯の中、頑張って生きてきた馬達のうちの1頭です。牧場が閉鎖になり6頭分の大所帯での移動費、これから必要になる馬着、その他馬の為に必要な費用・・・6頭分になります。皆様のご支援宜しくお願い致します。
こんばんは♪段々と冬らしくなってきました。さて、早いもので今回で馬達を紹介するのは5頭目になりました♪今回ご紹介するのはファンシーベル(牝17)セキテイリュウオー×ヒカルライバ(母父ホリスキー) 2007年5月24日産まれ 愛称はハナちゃんスピードリュウオーの全妹ですうちのチーム唯一の黒鹿毛♥(かっこいい♥)競走馬の始めは、西脇の野田学厩舎でした。2009年8月12日デビュー(園田)真夏だね(汗)JRA認定ファーストトライで見事、新馬戦を勝ち抜きました。(素晴らしい♪)それから、2010年4月までは1ヶ月に2〜3レースを戦い、2010年春から2011年春までの1年間は、数カ月休んでは出走すると言うペースでレースを繰り返していました。2011年11月から高知競馬に移動。炭田健二厩舎で1ヶ月に2〜3レースのペースで出走。2015年5月16日がラストランになります。競走馬生活は6年間。127戦 13勝小さな身体で本当によく頑張りました。現役時代は412キロだったそうです(小いさっ)引退後は、北海道の産まれ故郷であるクラウンホースメイトに帰厩。2024年6月まで9年間、のんびりと牧場生活を楽しみました。2024年5月末に牧場長様が亡くなられて、他の5頭と一緒に6月に岡山に来ましたが、初めは周りが怖くて1頭で厩舎から出ると、ソワソワバタバタ(汗)嘶いてジッと出来ない状態でした。今でも洗い場はちょっと苦手の様です。北海道での最後のご飯ここにチームリュウオーの伊藤さんが記された会報の記録があります。愛がいっぱいです。ハナちゃんは、今でも本当に真面目でお利口さんです。ただ、ちょっとだけビックリさんな所があるので、パタパタしちゃうところがあります。でも、それも日にちが経って慣れてしまえば何でもなくなると思います。在りし日のセキテイリュウオーファンシーベル♥身体の大きさもお顔も性格もセキテイリュウオーにソックリなハナちゃん。セキテイリュウオーのファンの方がハナちゃんの写真を見て、本当にソックリでしかもリュウオーの子どもが生きていると言う事実に感動して下さいました。私達はそんな名馬の血を受け継いだ大切な子供達をしっかりと守って行きたいと思っております。ハナちゃん、これからもみんなとずーっと一緒だからね♥こんな経緯の中、頑張って生きてきた馬達のうちの1頭です。牧場が閉鎖になり6頭分の大所帯での移動費、これから必要になる馬着、その他馬の為に必要な費用・・・6頭分になります。皆様のご支援宜しくお願い致します。




