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失われかけた祈りをもう一度。青森・浅虫湯ノ島弁財天 海中の大鳥居再建プロジェクト

青森・浅虫湯ノ島弁財天 の海中に立つ赤い大鳥居が、老朽化により倒壊の危機にあります。弁財天・龍神を祀り、浅虫の象徴として親しまれてきたこの風景を失わぬよう、大鳥居の再建に力を貸してください。リターン品には御朱印や御神札などの信仰の歴史を感じられる品もご用意しました。温かいご支援をお待ちしております。

現在の支援総額

11,635,134

46%

目標金額は25,000,000円

支援者数

1,056

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2026/01/29に募集を開始し、 1,056人の支援により 11,635,134円の資金を集め、 2026/03/31に募集を終了しました

失われかけた祈りをもう一度。青森・浅虫湯ノ島弁財天 海中の大鳥居再建プロジェクト

現在の支援総額

11,635,134

46%達成

終了

目標金額25,000,000

支援者数1,056

このプロジェクトは、2026/01/29に募集を開始し、 1,056人の支援により 11,635,134円の資金を集め、 2026/03/31に募集を終了しました

青森・浅虫湯ノ島弁財天 の海中に立つ赤い大鳥居が、老朽化により倒壊の危機にあります。弁財天・龍神を祀り、浅虫の象徴として親しまれてきたこの風景を失わぬよう、大鳥居の再建に力を貸してください。リターン品には御朱印や御神札などの信仰の歴史を感じられる品もご用意しました。温かいご支援をお待ちしております。

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ご支援いただいた皆様には、感謝の気持ちを込めて特別な返礼品をご用意いたしました。室町時代から続く浅虫の弁財天信仰を感じていただける御朱印や御神札はもちろん、島めぐりや、伝統祭であるカタクリ祭へのご招待といった実際に湯ノ島に足を運んで体験していただけるようなものも。そのほか地元の名産や温泉街で使用できるクーポン券などもございますので、詳しくはぜひ詳細をご確認ください。

《湯ノ島弁財天 大鳥居の歴史》
青森県青森市・浅虫温泉沖に浮かぶ 湯ノ島弁財天の大鳥居。この大鳥居は地域の象徴であり、その歴史は弁財天信仰と浅虫の温泉文化の移り変わりと深く結びついています。

●湯ノ島弁財天宮 湯ノ島神社
(左)現在の拝殿 (右)創建当時の石段を今に残す本殿

浅虫弁財天宮 湯ノ島神社は、浅虫温泉沖に浮かぶ湯ノ島に鎮座し、海の安全、商売繁盛、技芸上達の神として信仰を集めてきた社です。郷土史では、室町期に浅虫八幡宮で祀られた弁財天が、江戸時代に湯ノ島へ遷座したと伝えられています。海中に立つ大鳥居は神域への入口として浅虫の風景を象徴し、航海の無事を願う人々の祈りを今に伝えています。

参道の階段

また、湯ノ島は、カタクリの群生地としても知られています。毎年4月には島中に可憐な花が咲き、湯ノ島神社では長年にわたり「カタクリ祭り」が開催されてきました。

平成の終わりとともに一度は途絶えたカタクリ祭ですが、2年前より期間中の遊覧船運航を開始し、神社でのお清めや厄祓い祈祷も受けられる新たな形の「カタクリ祭」として復活しました。



●浅虫の温泉街を見守ってきた湯ノ島


浅虫温泉の沖合に浮かぶ湯ノ島は、600〜700万年前の火山活動によって生まれた島です。溶岩の冷却による柱状節理が形成され、火の神・水の神が融合する聖地として古くから信仰されてきました。


”湯ノ島”という名前は、人が渡った当初、島の海中からお湯が湧き出ていたことからつけられました。実際に平安末期には慈覚大師・円仁が源泉を発見、浄土宗の開祖・法然もこの地を訪れたと伝えられており、江戸時代の「温泉番付」には「前頭四段目・津軽浅虫の湯」の名が記されています。

また、江戸時代この海域は多くの船が往来する海の要衝であり、野辺地町の常夜灯公園に残る常夜灯は、当時の航海の様子を今に伝えています。湯ノ島もまた、その航路のすぐそばに位置し、海とともに生きてきた人々の祈りを受け止めてきました。

温泉街のにぎわいの先にありながら、島は今も静かに海に浮かび、自然と歴史、そして人々の記憶が重なり合う場所として、浅虫の風景に欠かせない存在となっています。

●500年以上の歴史を誇る湯ノ島 弁財天信仰
湯ノ島の弁財天信仰は、海とともに生きる人々の祈りから生まれました。伝えられるところでは、江戸時代、北前船が大シケに遭い、大坂の豪商・蝦夷弥左衛門一行がこの島に漂着しましたが、乗組員も積み荷も無事であったことから、「弁財天の御加護」と感謝し、この地に弁財天を祀ったといいます。
復元された北前船 「みちのく丸」

また郷土史研究では、1477年に浅虫八幡宮で合祀された弁財天が、1695年に湯ノ島へ遷座したとも伝えられています。湯ノ島弁財天は、海の安全、技芸上達、商売繁盛の神として信仰を集め、菅江真澄も1788年の紀行に「湯野島 弁天堂」の名を記しています。

江戸時代、津軽海峡を行き交った北前船の姿を今に伝えています(野辺地町常夜灯公園)

●鳥居再建と共に浅虫温泉にも再び活気を
昭和中期 人で賑わう浅虫駅前。温泉街の通りでは盛大にお祭も開催されていました

宿場町として栄えた浅虫には、俳壇の巨匠・高浜虚子が訪れ、青森の文豪・太宰治も長きにわたり滞在しました。その他にも世界的版画家・棟方志功が愛した地として、湯ノ島と大鳥居は彼の作品にも描かれています。さらに、町の目抜き通りはかつての奥州街道で、吉田松陰も歩いた道として知られているなど、芸術や表現と縁の深い弁財天信仰が息づくこの地は、時代を超えて多くの文化人を惹きつけてきました。

「海も山も温泉も」——今も語り継がれる浅虫の標語

浅虫は、温泉と海、文化と人の賑わいが重なり合う町でした。湯ノ島と海中の鳥居は、そうした浅虫の風景の中で、長い年月、人々の暮らしとともに在り続けてきました。

町内を練り歩く神輿。地域の人々が一体となった祭りの風景


《大鳥居の今 いつ倒壊してもおかしくない状態に》

5年前 すでに神額が失われ、額束のみが残っていました

かつては栄えた浅虫も、時代の流れとともに町の姿は変わり、鳥居もまた、波と風雪にさらされながら老朽化が進んでいます。3年前に笠木の腐朽が進み、部材が落ち始めた鳥居は今や柱の内部まで腐朽が進み、現在 貫(ぬき)を通す部分が著しく弱り、貫が折れれば鳥居全体を支えられない状態です。今すぐ手を打たなければ、この風景は失われてしまうかもしれません。

3年前 笠木の腐朽が進み、部材が落ち始めました

現在 柱の内部まで腐朽が進み、向こう側が見える状態です

湯ノ島の鳥居は、単なる宗教施設ではなく、浅虫という町の記憶と景観を象徴する存在です。大鳥居の再建は、信仰の歴史を守るとともに、浅虫という地域を守ることにもつながります。この場所を未来へ残すため、どうか皆さまのお力をお貸しください。


《大鳥居再建に向けたスケジュール》

3月  クラウドファンディング終了
4月  鳥居再建工事着工   
          リターン発送開始
7月 鳥居完成の竣工奉告祭 

《応援メッセージをいただきました》



株式会社ジェイイーエス

代表取締役 佐藤雄功進





桜田紫央龍先生が、湯ノ島の大鳥居を未来へ残すために立ち上がられた──。そのお話を伺ったとき、「桜田先生であれば、ぜひ力にならせていただきたい」と心から思いました。私は、どのような事業においても、もっとも大切なのは“その事業に携わる人の人間性”だと考えています。まして今回のように、古くから地域の人々を見守り続けてきた神事に関わるのであれば、なおさらです。青い海に浮かぶ緑の森に鎮座し、浅虫の人々を救い、支えてきた湯ノ島神社。その入り口であり、結界でもある海中の赤い大鳥居の再建事業は、まさに浅虫の象徴そのものです。

世界的版画家・棟方志功も心を動かし、作品に残したほどの存在でもあります。だからこそ、この事業は「ふさわしい人」でなければ務まらない──私はそう思うのです。社殿の掃除・修繕、島の清掃のために船舶免許を取得し、参拝者を運ぶために遊覧船免許まで取得。さらには神職の資格取得に至るまで、すべてをご自身で積み重ねてこられたその姿勢。最初にお話を伺った瞬間、湯ノ島の神様方が “桜田先生をご指名された”のだとさえ感じました。

弊社と桜田先生とのお付き合いは 20 年を超えます。その間、スポーツ接骨院の院長・アスレティックトレーナーとして、人のために尽くす姿勢、誠実さ、そして揺るぎない情熱を、私たちは幾度となく目の当たりにしてきました。東日本大震災後には、避難所暮らしの方々のために完全ボランティアで被災地を巡り施療されたこと。プロバスケットボールチーム、国体、各スポーツ競技の大会では、資金的に厳しいチーム事情を知れば、休日返上、あるいは休診してまで選手に帯同されたこと──。

「誰かを救いたい」「役に立ちたい」という想いに一切迷いのない、その真っ直ぐさは、これまで出会った多くの人々を、間違いなく深く支えてこられました。湯ノ島の大鳥居は、ただの建造物ではありません。地域の誇りであり、人々の祈りの象徴です。

その灯が消えかけている今、桜田先生の挑戦は浅虫にとっても青森にとっても、そして“日本の祈りの文化”を守るうえでも、極めて大きな意味を持っています。この挑戦が、多くの方々の心を動かし、共に未来をつくる力となることを、心より願っております。

どうか皆さまのお力をお貸しください。神事──それも大鳥居の再建に携わる機会は、望んでも得られるものではなく、“ご縁”によってのみ開かれるものです。皆さまにとっても、人生を振り返るとき「関われて良かった」と胸を張れる、大きな宝となるに違いありません。湯ノ島の海に、再び凛とそびえ、人々を見守り続ける大鳥居を──。

現代に生きる私たちが未来の日本人へ手渡す、“想いのリレー”であると信じています。


印章彫刻士「田丸印房」五代目当主田丸 琢

青森・浅虫は、縄文の時代から人と自然が共に在った聖地であり、湯が湧き、人の想いが行き交ってきた「熱」のある土地だと思います。その記憶を受け継ぐ浅虫で、桜田さんが先頭に立ち、もう一度この地に場と祈りを立ち上げようとする姿に心を打たれました。失われたものを嘆くのではなく、自ら熱を引き受け未来への火を灯そうとする男気に、同じ時代を生きる一人として、静かに、しかし確かなエールを送ります。


《最後に》

改めまして、このプロジェクトに興味を持っていただき誠にありがとうございます。「湯ノ島を愛する会」会長の桜田紫央龍(さくらだ しょうりゅう)と申します。私は普段、スポーツ接骨院の院長・アスレティックトレーナーとして働いています。

湯ノ島を愛する会は、25年前に先代会長・中村嘉宏氏が発足した会です。その後昭和後期より途絶えていた神事を復活させ、湯ノ島に鎮座する弁財天・龍神をお守りしてきました。会員たちは限られた時間の中で活動を続けてきましたが、高齢化により、これまでの役割を果たせなくなっていく会員の姿を目の当たりにし、「自分がやらなければ、この場所は本当に失われる」そう強く感じるようになりました。

島へ渡る唯一の船頭さんが引退されると知ったとき、私は社殿の掃除、修繕、島の清掃をいつでも行えるように船舶免許を取得し、自ら船を購入。さらに、参拝者を安全にお連れできるよう遊覧船免許も取得しました。

神道についても独学で学び、祓詞・祝詞を唱え、宗祀して参りましたが、ある日、「せっかく奉仕するなら、神に失礼のない正しい作法を身につけよう」そう思い立ち、神社本庁認定の神職資格取得を決意。仕事を続けながら大阪国学院で学び、実技・筆記試験を経て、正式な神職となりました。

先代会長は、私の湯ノ島に対する情熱をかってくださり、この会を私に託してくださいました。だからこそ、私はこのプロジェクトを成功させ、大鳥居を次世代に残さなければなりません。湯ノ島の大鳥居は、人々の祈りが重なり、時代を超えて立ち続けてきた「想いの象徴」です。この鳥居を未来へ繋ぐため、どうか皆さまのお力をお貸しください。

海に沈む前に。ともに、この祈りを未来へ。

ーーーーーー

インターネットでのご支援が難しい方、質問のある方、あるいは企業・団体として本事業への関わりをご検討くださる場合は、下記のお問い合わせ先までご連絡ください。

【お問い合わせ先】 yunoshima.jinja@gmail.com  湯の島を愛する会 桜田

※仮に第一目標金額に達しなかった場合でも、皆さまからお寄せいただいたご支援は、 基礎工事(海中コンクリート基礎)の着工を優先して実施するために、大切に活用させていただきます。
基礎工事は海中という特殊な環境上、大潮の干潮時にしか行えない工程であり、時期が4月に限られています。そのため、まずは基礎工事を確実に進めることが、鳥居再建への第一歩となります。

ご支援、よろしくお願いいたします。

支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 設備費

  • リターン仕入れ費

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

支援に関するよくある質問

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最新の活動報告

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  • 皆様すみません。アップしてすぐで本当に申し訳ないのですが、天気予報とまるで違って波が立っており、最後の航行が出来ないという判断に至りました。あおっておいてやらないという最悪の案内になってしまいました。カタクリ祭に関してはこれから毎年催行する予定ですので、ぜひ来年お待ちしております。「新しい鳥居」でお迎えできるよう、今後も努力を続けて参ります。本日は大変失礼いたしました。 もっと見る
  • 湯ノ島では本日、最後のカタクリ祭を開催します。(出航9:00~14:30 浅虫ヨットハーバーより)天候不良により船が出せない日が続いたため、たくさんのお客様に残念な思いをさせてしまいました。花はずいぶん少なくなってしまいましたが、最後の力を振り絞って咲く健気なカタクリの花々を観にいらしてみてください。朝のカタクリ。まだ完全に開いていません。これがクルンっとひっくり返る瞬間に出会うと、小さな喜びがあります。普段は無人島の湯ノ島も、この期間は多くの人でにぎわいます。湯ノ島神社では、お一人お一人「お清め」をしております。神社から見下ろした浅虫の海湯ノ島のカタクリは大輪である特徴があります。数万本に1本とも言われる幸運の「白いカタクリ」が比較的多く見つけられる群生地でもあります。先週見かけた個体を掲載しますね。ツインで咲くのもとても珍しい事ですが、さらに、おしべも全部白い個体まであります。↓追加開催となった日程に合わせ、鳥居の撤去を待ってもらいました。すでに工事前の測量など、業者さんが来ています。皆様のおかげで、スケジュールをもって撤去作業に入れることは、本当にありがたい事です。しかし、いざ無くなると思うと、とても寂しいですね。どんなに腐っていても、長い間想いを受け止め続けて来た鳥居は、ただの木材ではないんですよね…。戦争直後から建っていた湯ノ島の海中大鳥居。干潮の海岸で、アオサ・フノリに彩られた、最後の勇姿です。カタクリと同じく、最後の力を振り絞って立っているように見えてしまいます。70年間ありがとう! もっと見る
  • 浅虫弁財天宮湯ノ島神社 海中の大鳥居再建プロジェクトがまもなく終了いたします。目標額には達していませんが、全国からたくさんの支援を頂き、本当に嬉しく思います。浅虫の景色が好き、この鳥居を守ってください、という青森の人たち・青森出身の方々。旅行したことがある、思い出の地、ぜひ行ってみたい、という県外の方々。日本の神社を・信仰を守ってください、という信心深い方々。行ったことがないのに夢に出て来た、弁財天様のお告げがあった、という神に導かれた方々。本当にたくさんの全国の方たちからの応援メッセージは、毎日読むのが楽しみで、私の活力となっていました。これまで孤軍奮闘してきた私にとって、こんなに多くの人達が、この鳥居に思いを寄せてくれているんだな、と知ることが出来たのが、今回のクラウドファンディングの大きな財産となりました。季節的に今は大潮の大干潮がある時期で、1年の中で唯一、基礎のコンクリートがすべて露出し、工事が可能な期間になります。(主柱の根本は30年前に腐朽を食い止めるためにFRPで修復をした跡)今回みなさまから頂いた多大なご支援は、まず4月にこの基礎工事を行うために使わせて頂きます。現在湯ノ島神社では、カタクリ祭が開催されていますが、参拝・カタクリ観賞に訪れてくれた方々に、最後の大鳥居の勇姿を見せられるよう残しております。イベント終了後には鳥居の撤去工事を始めます。とても寂しいことですが、皆さんの支援により、倒れることも漂流することもなく、計画的に工事を進めることが可能になりました。誠にありがとうございます。(打ち上げられる鳥居の部材が、ますます頻繁にみられるようになった)いったん無くなってしまう鳥居ですが、これからまだまだ挑戦が続きます。いち早く新しい鳥居を建立できますよう、あと数時間で終了するこのプロジェクトに、最後の支援をお願いいたします。青森の方は県内ニュースや新聞で、全国の方々は湯ノ島神社Instagram他SNSを通して、「新しい鳥居が建ちました!」というお知らせを一日でも早くできるよう、今後も努力してまいります。応援していてください。 もっと見る

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