新潟県の離島粟島で母が遺した民宿『ますや』を再開したい。

 令和7年5月に新潟県の離島の粟島にある民宿『ますや』を再開するための修繕費を募りたい。

現在の支援総額

3,190,000

354%

目標金額は900,000円

支援者数

189

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/02/19に募集を開始し、 189人の支援により 3,190,000円の資金を集め、 2025/04/06に募集を終了しました

 新潟県の離島粟島で母が遺した民宿『ますや』を再開したい。

現在の支援総額

3,190,000

354%達成

終了

目標金額900,000

支援者数189

このプロジェクトは、2025/02/19に募集を開始し、 189人の支援により 3,190,000円の資金を集め、 2025/04/06に募集を終了しました

 令和7年5月に新潟県の離島の粟島にある民宿『ますや』を再開するための修繕費を募りたい。

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活動報告 クラファン残り3日

ご支援いただいた皆様へ

皆様のご支援とご協力のおかげで、ついに300万円を突破することができました。本当

にありがとうございました!!心から感謝申し上げます!!

父と母が遺した『民宿ますや』には数々のエピソードがありました。今回はご支援した

皆様に民宿ますやを知っていただきたく、エピソード2を紹介いたします。この物語を書

いたときはまだ父と母が生きていたときです。皆さんに読んでいただけると嬉しいで

す。

<粟島・中3の夏休み> 

 1991年、私は受験生だった。その年の夏は高校受験という意味で、例年の夏とは

違っていた。しかし、例年の夏と違うと考えているのは私だけで、アブラゼミの鳴き声

からヒグラシの鳴き声へと替わる間、民宿を経営している私の実家ではいつもと変わら

ない夏だった。

 たくさんのお客がやってきて、あわただしい毎日が過ぎていく。そんな中、受験生で

ある私は時間をみつけてはNHKラジオ英会話を聞き、問題集を開き、勉強をしていた。

しかし、あわただしさの中で勉強することは難しく、いらだつことが段々と多くなって

いった。そんなある日、いつものように勉強していると、

「んな、はよ食器洗えや。(早く食器洗いなさい)。」

 という母の大きな声がした。どうして受験生が手伝いを優先的にしなければいけないのかと憤り、

「受験失敗したらお母さんのせいだからな。」

 とつい怒鳴ってしまった。すると母は

「誰のために働いてるんが、んなわがんねあんだが(誰のために働いてるのか、お前は

わからないのか)」

 と怒鳴り返し、台所で仕込みを続けた。

 母が、朝3時に起きて料理の仕込みをするのも、お昼に畑に行って、作物に水を撒く

のも、魚をさばいたとき骨が指に刺さり、指が化膿してグローブみたいになっているの

も、指を包丁で切り、ビニールテープでぐるぐる巻きにして止血してすぐ働き始めるの

も、髪をとかす時間より、化粧をする時間より、洗濯物を干すことを優先するのも、ご

飯を食べながら疲れ果てて箸を口にくわえて寝ているのも、父が朝3時に毎日命がけで船

に乗り漁に出かけるのも、魚が全然取れなくて網ばかり破れて、それでも網を直し続け

るのも、ヘルニアがひどくて、寝られず、お酒を飲んで痛みをごまかしているのも、全

ては、私の高校進学のため、私の将来に必要な資金を稼ぐためだった。

 中学生のときの先生が

「自分のために勉強するんだよ。」

 と繰り返し言っていた。しかし、夏が終わり『親のために勉強しよう』という覚悟が

できた。命を削り、私のために働き続ける姿は今思い出しても胸が熱くなる。

 その年の夏はいつものようにあわただしかったのに、穏やかな記憶として私の心に今

でも鮮明に残っている。アブラゼミの鳴き声からヒグラシの鳴き声の間、少し余裕が出

て過ごしている現在の両親を見るとホッとし、小さくなった背中を見ると寂しく思い、

頭が下がる。父と母がいたこの民宿のおかげで私は大人になれたのだと思う。


※父と母が生きているときに書いた自分のエッセーです。


この道の先に、皆さんの笑顔と会えますように

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