21歳の映画監督・シタンダリンタの新作映画を完成させたい!

21歳の映画監督・シタンダリンタによる新作映画『JUST A ROOKIE LUCKY ROOKIE』の製作が決定。16歳から自主制作をはじめた監督にとって、本作はキャリア史上最も大きなプロジェクトとなります。2026年の公開を目指して本作の制作費を募り、みなさまと共に本作を作り上げます。

現在の支援総額

1,001,000

50%

目標金額は2,000,000円

支援者数

105

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/03/09に募集を開始し、 105人の支援により 1,001,000円の資金を集め、 2025/04/30に募集を終了しました

21歳の映画監督・シタンダリンタの新作映画を完成させたい!

現在の支援総額

1,001,000

50%達成

終了

目標金額2,000,000

支援者数105

このプロジェクトは、2025/03/09に募集を開始し、 105人の支援により 1,001,000円の資金を集め、 2025/04/30に募集を終了しました

21歳の映画監督・シタンダリンタによる新作映画『JUST A ROOKIE LUCKY ROOKIE』の製作が決定。16歳から自主制作をはじめた監督にとって、本作はキャリア史上最も大きなプロジェクトとなります。2026年の公開を目指して本作の制作費を募り、みなさまと共に本作を作り上げます。

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映画『JUST A ROOKIE LUCKY ROOKIE』スタッフです。みなさま今年もよろしくお願いいたします! 2026年のはじまりを告げる今回の更新も、活動報告の域を超えた、濃厚なコラムに。映画に登場するキャラクターの造形に、そしてひとりの俳優の魅力に迫っています。もはや、映画のセリフ回しを読んでいるような……監督ならではの息遣いやリズムが随所に。ぜひご一読ください!

※映画の制作状況等との兼ね合いで、一部リターンの制作・発送が遅れてしまっており、お待たせしているみなさま申し訳ありません。完成次第、発送させていただきますので今しばらくお待ちいただけましたら幸いです。
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2026年開幕。明けましておめでとうございます、と言うには遅いので過去形で。明けてました、おめでとうございました。数年前に瀬戸璃子(本作にも出演してくれてます)主演で制作した映画『ミス・サムタイム』で書いたこの台詞が我ながら使い勝手良く、私生活でも時折使っています。余談ですが、その映画は今YouTubeで全編見れるので良ければ是非。

さて、映画『JUST A ROOKIE LUCKY ROOKIE』の撮影も1年が経とうとしています。元々かなりの長期スケジュールではありましたが、予定よりも随分長く時間をかけて(かかって)撮影しています。思えば、本作の制作がスタートしてから4度目の年越し。こんなにも長く1本の作品と付き合うのは、そう毎度あることでもないので愛着という名の執着すら芽生えています。

4年前、本作の企画がスタートした割と最初の段階でまず声をかけたキャストが1人。若き映像クリエイター・ミヤシロ優を演じる光島叶倭。彼とは5年前に制作した映画『ぼくならいつもここだよ』で初めてご一緒しました。当時彼は今とは違う事務所にいて、僕も同じ事務所でした。彼はそこで俳優として、僕はそこで監督として。僕がそこで初めて制作したのがその映画、キャスティングを進めていく中で担当の方から挙げてもらった候補の中に彼がいました。今作同様その映画も僕が主演を兼ねていて(思えば自分の映画で自分が単独主演を務めるのはその作品ぶりです)、彼はその映画で2番手の準主演的な立ち位置でした。安定感のある地元の友達との関係、出会った不安定な新しい友達との関係、小説家を目指すナイーブな少年が友人関係について思い悩み、次第に生活に緊張感が芽生えていく……彼は出会った不安定な新しい友達の一ノ瀬壮を演じてくれました。

コロナ禍だったこともあり撮影まで会うことはできずずっとオンライン。クランクインは初対面で勢いのままカラオケに行くというシーン、実際にその撮影が初対面でした。彼は今よりも短い髪で、今よりももう少し少年らしい目つき。タメロで良いと散々言ってるのに、いつまでも敬語が抜けないひとつ年下の彼は、連日続く怒涛の撮影をずっと楽しんでくれていました。その撮影は確かに言葉にするなら"青春"そのもので、毎日みんなでああだこうだ騒ぎながら、何が起こるか分からない、実に能動的な半年間でした。駆け抜けるように時間が過ぎて、長かったようで短いその撮影が終わりました。あんなにも終わるのが寂しい映画もなかなかなかった。

その撮影が終わって、およそ1年後に本作の企画が決まりました。「またすぐに何かやろうね」と話していたのもあってか、僕はこの映画で大事な役である"ミヤシロ優"に彼の姿や声、目つきが重なりました。ある日、僕は今仕込んでいるといってこの映画を彼にプレゼンすると、彼はふたつ返事で受けてくれました。ふたつ返事で受けれた理由は、その頃、彼はまさかの事務所を辞めていたから。彼は、僕が新たにつくろうとしているこの映画に大きく期待してくれて、その期待の船に自ら乗り込んでくれたのです。まだ先も見えない、見えてなさすぎる段階で仲間になってくれた彼にはとても感謝しています。

感謝はしている......感謝は、しているが、僕は怒っている!!!
かれこれ5年も経とうとしているにも関わらず未だに彼は敬語が抜けない!!!!

勿論、タメロにすることだけが関係を深めるわけではないし、タメロを使うことがむしろ苦手な人だっているし、タメ口にならないのはある種僕がそこまで心を預けたいと思える人間ではないというこちら側の責任だとも取れる。タメ口にするのが正解だというわけではないけど、ではないけどさ!!!なんだか寂しい!!!

さて、ビックリするくらい早く脚本が書ける時と、ビックリするくらいずっと書けない時があって、彼が参加してくれた2作は奇しくもビックリするくらい脚本が書けなかった 2作なのです。彼は前作で、撮影が迫っているのになかなかホンが上がってこないことを経験していたので、今作でも慌てるそぶりはなく、会うたびに平然とした顔で「待ってます」と伝えてくれました。その目は優しくもあるけど、早く上げろよ、という無言の圧力にも感じました。脚本をなかなか上げてこない奴に確かにタメロなんて使う気にならない。彼が僕に向ける敬語の敬は、尊敬の敬じゃなくて、敬遠の敬なのです。仕方ない、僕が悪い。

無事に脚本も書き上がり、映画『JUST A ROOKIE LUCKY ROOKIE』は絶賛撮影中。彼が演じる若き映像クリエイター・ミヤシロ優は主人公のミュージシャン・辻翠(dillydally)と同い年で、主人公が若さを買う前の50歳時代・卓(すぐる)と同じ読み名の優(すぐる)。主人公は名前の親近感と、50歳として17歳の映像クリエイターである彼に期待の目を向け、次第に同じ表現者として公私共に仲を深めていく。若さゆえの奔放さと併せ持つ妙な視野の広さ、翠に向ける尊敬と嫉妬、映像クリエイターとしての自信と不安、ゲイであることから抱えている思いと抱えていない思い、表現したいものとしたくないもの、裏腹ばかりを抱えながら目の前で起こるものへ過敏に反応し、カメラを持ち続けるその役は、僕がこれまで書いてきた中でも随分面倒な役だと思いました。大変な役でもあるけど、それよりも面倒な役。

正直に言って、彼を信じているし期待もしているけど、あまりにも面倒な役であるが故に、クランクインまでは不安もありました。けれど初日、僕の大好きな、彼の芝居が持つある種の"欲張りさ"が活きていてそんな不安は一瞬で過ぎ去ったのです。勿論シーンごとに悩む箇所は沢山あるけど、この役を彼に演じてもらう意義を感じ、それだけで安心できました。

先日、ミヤシロと翠が初めて2人で互いの創作論・人生論について思いを吐露し、これからのことに思いを馳せる重要なシーンの撮影。映画の中でも1番長く、台本数ページに及ぶ台詞が彼を襲いました。その長さ、しかも自らの身に起こった出来事を淡々と事細かに紡ぐ説明台詞。芝居を乗っける以上にまずはその出来事の情景を完全にイメージして、叩き込む必要があります。彼は完全に役を掴んでいたものの、そのシーンで必要なパーツはまだ全て揃え切れていない様子でした。本番まで何度も何度も彼は僕に向けて台詞を放ちます。情景は浮かんでいるけど、まだ自分事過ぎて目の前にいる翠へ完全に伝えきれていない。今度は伝えようとし過ぎて自分事じゃなくなってしまう。僕の中にあるバランス感を彼に掴んでもらいたくて随分と繰り返させてしまいました。彼は自分の台詞を聞かせるシーンだからこそ、自分の台詞と自分の芝居で全てを表現しようと必死でした。けれど、彼の台詞と彼の芝居だけで全てを表現する必要なんてなくて、そうしてしまうとただの器用貧乏にしか見えない。そう伝えたのがまた彼にとってはバランスを見失うことにもなって……けれど僕が何度も演出を重ね、彼が何度も芝居を探し続けてくれたある瞬間、驚くほどにピントの合う瞬間がありました。そのシーンは無事に撮り終えて、本番終わりに彼は言いました。

「芝居してて自分で味わったことない感触でした」

その初めての感触を、僕の映画へ落とし込んでもらえたのが僕はあまりにも嬉しくて、同時に5年前につくった映画の中では見られなかった彼の表情を収められたことに興奮しました。色々言葉を交わしたけど、最終的には彼が自ら到達した芝居でした。素晴らしかった。

僕は同じ役者さんと何度もご一緒するのを好むタイプで、勿論同じことばかりするならそれはお相手にとっても失礼だと思えてしまうので控えるけど、この役ならこの人とまた新しいものを捉えられるかもしれない、という役があれば何度もご一緒したいのです。無論、この映画の光島叶倭はなんだか新しい彼を収められている気がします。一緒にやれてうれしい。

数日のロケが終わり、しばらく彼の撮影はないのです。帰り際、彼は珍しく僕に輝いた目で「楽しかった、ほんまにありがとう」と手を組みました。思えばこの歳にしては長い付き合いとなりましたが、その中でも1番輝いた目。乗り込んだタクシーが見えなくなる頃、……そういえば今タメ口だったんじゃね?と気づき、ニヤついてしまう僕。同時に、ここにきて今更タメ口にされるとそれはそれで、……なんやねんあいつ。

シタンダリンタ



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