
2011年3月12日、その日から1ヶ月間、オーストラリアのパースでCharity Busking という自然発生的に起きた出来事を紹介したい。
その日、僕は言葉を失い、いてもたってもいられなかった。
TVから次々と流れてくる映像。
流される船、巻き込まれる車、飲み込まれる町。2011年3月11日、僕は西オーストラリアのパースにいた。
何かしたい、でも何を。。。
翌日、映像をプリントアウトし、手書きの「help japan 」の看板とジャンベを担いで、ひとり街に出た。
それから毎日、同じ時間に同じ場所で叩き始めた。
看板をみて、行き交う人が募金を入れてくれる。声をかけてくれる人も多かった。
数日すると日本人バスカーが加わり、1週間すると折り鶴を折って配る学生や現地在住の人が現れはじめた。
現地オージーのミュージシャン、サリーも「私も何かしたい」と毎日加わった。
30日間毎日、それぞれできる事をした。
毎日同じ場所でやるから自然に街のワーカーやショップ店員とも顔見知りになる。
彼らは毎日募金をしてくれ、銀行員やOfficer達も協力してくれ、パースの街の人々の暖かい思い遣りに触れまくった1ヶ月だった。
結果、1カ月で200万円を日本に送ることができた、全て路上から。
開始してから30日目の最後の日、この偶然集まった仲間は想いを共有し、次の日からまたそれぞれの生活に戻った。街の喧騒の中に、Charity Busking は確かな愛を残して消えていった。
あの後、俺は旅を続けヨーロッパに渡った。
「宝箱」はあの時にできた曲。本日、リリースしました。
あの時のCharity Busking の様子
https://ameblo.jp/keyakin/entry-10864144938.html





