
クラファンも,残り一週間となりました
火事の記録と思いを綴ります
それはスタッフの「なんかおかしい!」の一言で始まりました
2025年3月20日。春分の日。
その日もまた、朝は暗いうちから始まった。私は本業である刺繍業「アサヒマーク」の仕事で、和歌山県田辺市まで納品に向かっていた。朝4時半出発、現地7時納品。長距離と過酷なスケジュールに体は悲鳴を上げていたが、やり遂げた充実感があった。
だが、祝日ということもあり、帰りは渋滞に巻き込まれ、須磨に戻ってきたのはすでに午後。Seven Colorsの前には、ありがたいことにたくさんのお客様が行列を作っていた。
夕方、店内が一段落した頃、アサイーボウルを楽しんでいた女性グループの笑顔に見送られ、私は明日の準備のため店の隣にある自宅へ戻った。翌朝6時から始まる、9000枚の高校体操服への個人名刺繍。その段取りを整えるためだった。
すると、一本の電話が鳴った。スタッフの声は、普段と違う強い口調だった。
「なんか、おかしいです!煙が…!すぐ戻ってきてください!」
私は体が凍るのを感じた。これはただごとではない。エレベーターに飛び乗り、マンションの踊り場から隣のビルを覗いた瞬間、視界に広がったのは、隙間という隙間から立ち上る白い煙。
――火事だ。
直感がすべてを悟らせた。
急いでエレベーターを降り、Seven Colorsの正面玄関へ走る。中は真っ暗。電気は消え、煙がもくもくと漂っていた。
調理場にいたスタッフは、なにか電話をしていて、私には何も伝えられなかった。
火の手はまだ見えていない。しかし、直感が「このままでは済まない」と告げていた。
私は瞬時に、消火器の場所を思い出した。あそこに2本あるはず…!
真っ暗な店内を手探りで進み、消火器を手に取る。火元と思われるキッチンは、もっとも奥。
しかしドアが、引いても引いても開かない。焦りに任せて無理に引っ張るも開かず、「押すドアだった」ことにようやく気づいたとき、私はすでにバックドラフトのリスクを考えていた。だが、迷っている暇はない。
ドアを押すと同時に、強烈な熱風が全身を包んだ。メガネが飛び、視界は歪み、熱と煙で何も見えない。
とにかく、消火器を2本、ありったけ放った。それでも、煙はおさまらない。数十秒で終わる泡の噴射。無力さだけが、そこにあった。
それでも──「先月、消火訓練に行っておいてよかった」そんな思いが、かろうじて自分を支えていた。
やがて、消防車12台が現場に到着。店内へ突入する。私たちは安全のため建物の外へと誘導され、ただ、何もできず立ち尽くすしかなかった。
数分後、水道管が破裂し、店内の水浸しとともにようやく鎮火。キッチンは、燃えるものはすべて燃え尽きていた。
近隣から駆けつけてくれた消防団の一人が知人だったこともあり、現場の状況を少しだけ聞くことができた。
「放水はしてない。あれは熱で配管が破裂しただけや」
「“鎮火”と“消火”は違うんや。あとは熱感知器で測るしかない」
そう教えてもらった。
夜も更け、22時を過ぎた頃。
心配して駆けつけてくれた友人とともに、水が溜まったホールで水取り作業を始めた。
そして、明日の朝には現場検証が入ると告げられた。
私は再び、もう一つの現場――体操服への名入れ準備に向かわなければならなかった。
眠れるわけがない、と思っていた。
でも、次に気づいた時には、机に突っ伏していた。
きっと、それは“気絶”に近い眠りだったと思う。



