
インタビューその③
どうしてお好み焼き?レシピに込められた知恵と想い
記事を読んでくださっている皆さん、こんにちは。埜根大河です。
今回はうりさんがウガンダでお好み焼きを作るに至った経緯、そしてお好み焼きの歴史を解説していこうと思います。
またウガンダで実際に作ったカンパラ焼きについても触れていますので、プロジェクトに興味がある方はぜひ、ご一読ください。
『お好み焼きはサステナブルな食べ物!?』
お好み焼きの発展を辿っていくと、やはり戦後の日本へと到着します。
戦後、アメリカは自国の小麦の余りを活用し、日本に小麦粉を支援物資として配給、販売していました。
その小麦粉をできるだけ薄く水で伸ばし、それぞれの地域で採れる野菜などを入れて焼いた食事……それがお好み焼きです。
お好み焼きは大きな鉄板で様々なメニューを調理できるため、女性一人でも商売しやすく、学校に通えなかった子どもに、生地で文字を教えたという話も伝えられています。
戦後の食糧難の中、お好み焼きで空腹をしのぎつつも、日本人は米食文化を守り続けました。昔の人たちの器用さと逞しさには頭が上がりません。
そんなお好み焼きの歴史をウガンダ人に伝えると、「サスティナブル!」と目を輝かせていたそうです。限られた資源の中で工夫して生きる姿や、文化を守りつつ柔軟に対応する力に共感し、
「それはぜひ食べてみたい!!」
と目を輝かせたそうです。
その時、たまたま現地を旅行していたうりさんの友人にそのことを伝え、日本のお好み焼きを作ってもらい、それを食べたウガンダの人たちは「日本にはこんな美味しい物があるのか」と驚いたようです。
今から2年前、はじめてお好み焼きを食べたウガンダ人のお二人
それを見たうりさんに火がつきました。
「現地の食材だけで、もっと安く、おいしく作る!!」
うりさんは、普段、地元の子ども食堂で、寄付でもらった野菜を使ってお好み焼きを作るという活動をしていて、どんな野菜でもそこそこ美味しいお好み焼きを作れる技術を持っています。
そうしてウガンダでお好み焼きを作る、うりさんの挑戦がスタートしました。
子ども食堂の休憩時間にカンパラヤキを作るうりさん
『カンパラ焼きってどんな食べ物?』
日本には、明石焼きや今川焼きなど地名がついた粉もんが存在します。
ウガンダの首都カンパラで作られ、またその場所で採れる食材を使ったことからうりさんによって「カンパラ焼き」と命名されました。
日本の一般的なお好み焼きとの違いを挙げるならば、生地に使われるのが小麦粉ではなくトウモロコシ粉であるという点です。
ウガンダのカンパラではこのトウモロコシ粉やキャッサバ粉が最も安く購入することができる粉ということでレシピに組み込むこととなりました。
現地の野菜にはキャベツ、玉ねぎ、トマトやアボガドなどがあったようです。
現地でカンパラ焼きの作り方を伝えた翌日から、さっそく自分で作ってくれたようで、人参やピーマン、中にはお米を入れるというアレンジをした人もいるみたいですよ。
どんな味がするんでしょう。
そのうち、ウガンダでも「カンパラ焼きをおかずにお米が食べられるか」論争が巻き起こるのかもしれません。
今回はお好み焼きの歴史、そしてカンパラ焼きについて解説しました。
現在行っているクラウドファンディングでは、このカンパラ焼きをメインにしたお店「マンプクキッチン」を開業し、ウガンダに新たなビジネスを生み出す挑戦を行っています。
今回のプロジェクトのリターンの中に、「カンパラ焼き試食会&座談会」があります。
記事を読んでカンパラ焼きの味が気になった方にはドンピシャの体験ですね、正直書いている僕も味が気になって仕方ありません(笑)
カンパラ焼きとグル焼き 試食会の様子
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!




